産後出血は世界で年間2,700万人の女性に起き、4万3,000人が命を落とす。妊産婦死亡の最大の原因だ。一方で、適切な処置があれば死の95%以上は防げるとされる。
同じ出産、なのに死亡率は200倍も開く
産後出血が起きる割合は、豊かな国も貧しい国もほとんど変わらない。違うのは、出血が見つかったあとに何が施されるかだ。
「輸血用の血液を探して病院を走り回り、戻ったときには彼女はもう亡くなっていた」。世界的な医学誌『ランセット』に発表された報告の共著者で、WHO(世界保健機関)ヒト生殖特別プログラムの医師オルフェミ・オラダポは、若手時代の記憶にいまも苦しめられている。不妊治療の末にようやく妊娠したナイジェリアの女性を、産後出血で失った経験だ。
産後出血は妊産婦死亡の最大の原因で、世界では年に4万3,000人が命を落とす。影響を受ける女性は年間2,700万人にのぼる。出産後にある程度の出血は正常だが、それが過剰になると一気に命の危険へ変わる。「順調なお産だった女性でも、出血に気づかず処置が遅れれば数分で容体が急変する」と、オックスフォード大学で母体保健を研究するアダム・デバル教授は言う。
恐ろしいのは、女性自身がその危険を感じ取っていることだ。WHOの担当者によれば、出血が多すぎるとき、女性たちは決まって「死にそうだ」と訴えるという。誰も手を打たなければ、10〜20分で命が尽きてしまう。だからこそ産後出血は「時間との戦い」と呼ばれる。
報告が突きつけるのは、残酷な格差だ。米国のような医療資源の整った国と、アフガニスタンやベトナム、ナイジェリアのような国とでは、産後出血による死亡率に200倍を超える開きがある。病気の起きやすさはほぼ同じ。差を生むのは、お金と医療体制だけだ。
救うのは、ベッドに敷く一枚の計量シート
鍵になるのは、出血量を「目分量」ではなく数字で測ることだ。研究チームによれば、見た目で判断すると産後出血の約半分を見逃してしまう。
そこで使われるのが、女性の体の下に敷くだけの特製の透明なドレープ(防水シート)だ。流れ出た血液がシートに溜まり、側面の目盛りで失われた量がひと目でわかる。「助産師も医師も、出産後の出血量を簡単に把握できる」とデバルは説明する。出血量が基準を超えれば、子宮のマッサージ、薬の投与、点滴を同時に畳みかける。
この手順をナイジェリア、ケニア、タンザニア、南アフリカで20万人以上の女性を対象に試したところ、結果は明白だった。「重い出血が劇的に減った」とデバルは語る。NPRの報道によれば、この計量ドレープと明確な治療基準、そして複数の処置の組み合わせが救命の決め手になった。
道具は驚くほど素朴だ。だが、出血を「測れる」ようにしただけで、これまで見逃されてきた死が次々と防げるようになる。
「今あるもので、95%は救える」
研究者たちが訴えるのは、特別な新薬ではなく、既存の手段を正しく使うことだ。「いま手元にあるもので、産後出血による死の95%以上は減らせる」とオラダポは断言する。
課題も具体的だ。出血を止める薬オキシトシンは効果的だが、冷蔵保存が必要で、それ自体が医療資源の乏しい国では壁になる。報告はあわせて、ケアチーム全員がF1のピット作業のように役割を決めて動く模擬訓練の導入も求めている。誰が血を測り、誰が薬を用意し、誰が記録するか。混乱しがちな数分間を、訓練で「流れ作業」に変えるためだ。
南アフリカ・西ケープ大学で助産学を教えるドリーン・カイニュ・カウラ教授は、研究には関わっていないが、結論は分娩室での実感と重なるという。「必要な処置を、正しい場所で、正しいタイミングで女性に届けられる。素晴らしいアプローチだ」。
「これだけ分かっている時代に、女性が産後出血で死ぬべきではない」とオラダポは言う。次の一歩は、世界中の医療現場がこの一枚のシートを手に取るかどうかにかかっているのかもしれない。





