世界のエアコン台数は2050年までに3倍に増えるとみられる。冷房はすでに世界の電力消費の7%、温室効果ガス排出の3%を占めている。
「固体エアコン」とは何か、コンプレッサーを捨てた冷やし方
固体エアコンは、冷媒ガスもコンプレッサーも使わず、ガドリニウムやビスマステルルといった固体素材の中で熱を移動させて空間を冷やす仕組みだ。回転する部品も、漏れて空に逃げるガスもない。
いまのエアコンは、コンプレッサーとファンで冷媒を循環させ、液体と気体を行き来させながら熱を運んでいる。この方式が、冷媒漏れと電力消費という二つの宿題を抱えてきた。固体方式はそこを根本から変える。電流を流すと片側から熱を移す「熱電」、磁石をつけたり外したりして熱を動かす「磁気熱量」、素材を伸び縮みさせて温度を上げ下げする「弾性熱量」、圧力の変化で温度を変える「圧力熱量」。冷やし方の原理が、いくつも並走して試されている。
突飛な技術ではない。米技術誌『MITテクノロジーレビュー』によれば、固体冷却はすでに小型冷蔵庫やEVのバッテリー、一部の高性能ゲーミングPCで使われている。問題は、それを部屋ごと冷やす規模まで引き上げられるかどうかだ。
なぜ科学者は懐疑的なのか、効率という高い壁
最大の壁は効率にある。一般的なエアコンは投入した電力1に対しておよそ3倍の熱を動かせるが、固体方式はまだその水準に届かない。
電気と熱の伝導を研究するノースウェスタン大学のジェフ・スナイダー教授は、現代の空調機の「成績係数(COP)」はおよそ3だと説明する。投入エネルギー1に対して3単位の熱を動かす、という意味だ。ところが熱電方式は、温度差が大きくなるほど性能が落ちる。だからこそ現状では、車のシートの背面を冷やすような限られた用途に向く、とスナイダーは言う。
熱の移動を研究するミシガン大学のプラモド・レディ教授も、核心はまだ解けていないと見る。「固体冷却が、なぜ従来の熱力学サイクルほど効率的になれないのか。それが残された大きな問いだ」。冷やす原理を変えても、エネルギーの収支で勝てなければ普及はしない。
「効率がすべてではない」という反論
効率だけで優劣を決めるべきではない、という声もある。米国のエアコンが使う冷媒R410Aは、二酸化炭素の2,000倍以上も地球を温める力を持つからだ。
マグノサームとミミックの両社を支援する気候テック・アクセラレーター「サード・デリバティブ」のリンジー・ラスムッセンは、こう指摘する。固体方式は機械的に単純なぶん、可動部の少なさで耐久性に勝る可能性がある。そして本当に比べるべきは、瞬間の効率ではなく1年を通した消費電力だという。ミミックは、自社の部屋規模モデルが年間では一般的なエアコンと同等の電力に収まるはずだと主張する。
ただ、台数がまだ少なすぎて、その主張を検証しきれないのが現実だ。弾性熱量や圧力熱量の方式にも見込みはあるが、部屋規模の試作機は実用までなお2〜3年かかるとみられる。
わずか5%でも、地球には大きな一撃になる
固体エアコンが従来機をそっくり置き換える可能性は低い。だが市場のほんの5%を奪うだけでも、その効果は侮れない。
実証は静かに動いている。ブルックリンのスタートアップ、ミミック・システムズは熱電方式の部屋規模ユニットをバンクーバーの集合住宅で試し、ドイツのマグノサームは磁気熱量の装置をスーパーマーケットの店舗で検証する。香港のチームは、素材の伸縮で冷やす弾性熱量デバイスが0℃を下回ったと発表した。原理ごとに別々の現場で、現実のデータが積み上がりはじめている。
しかも舞台は先進国だけではない。これからの10年でインドは数千万台もの新しいエアコンを設置するとみられる。その巨大な需要の一角に食い込めれば、影響は一気に膨らむ。「もし固体方式が市場のたった5%でも取れたら、それは本当に大きな潜在的インパクトになる」とラスムッセンは語る。コンプレッサーの唸りも冷媒の漏れもない冷気が、数千万台が灯るインドの夏に5%だけでも紛れ込めるなら、その小さな一角が地球の熱を確かに削るのかもしれない。





