新しい職場に慣れるまでの最初の8〜10週間は、「消防ホースから水を飲む」ような情報過多の時期だ。AIには、この立ち上がりを短くする3つの使い方がある。
転職直後の「情報過多」をAIでどう乗り切るか
会社がすでに用意したAIツールを把握したうえで、反復作業・壁打ち・予行演習の3領域に絞って使うのが、キャッチアップの近道だ。
新しい仕事には、慣れないプロジェクト、顧客、社内プロセスが一度に押し寄せる。マニュアルを渡され、メンター(相談役)を付けられても、最初の数か月は答えより疑問のほうがはるかに多い。米ビジネス誌ファスト・カンパニーにAI活用法を寄稿した筆者は、今年2月に教育系組織ミネルバ・プロジェクトへ移ったばかりの当事者として、この感覚を率直に語る。
AIに手を伸ばす前に、確認すべきことがある。まず、勤務先が法人向けライセンスを契約していれば、社外に出してはいけない機密情報をAIに読ませても外部に流出する心配がない。次に、会社がすでに社内用のボットやエージェントを用意している場合も多い。存在するツールをわざわざ作り直すのは、貴重な最初の数週間の無駄づかいになる。まず足元にある資源を数え上げることが出発点になる。
反復作業は「自作エージェント」に任せる
定型業務はAIエージェントに肩代わりさせ、自分は専門性の要る仕事に集中する。プログラミングの知識がなくても、やってほしい内容を言葉で説明すればエージェントは組める。
筆者は転職にあたり、自分の仕事の一部が「高等教育の改善についての記事を書くこと」だと分かっていた。そこで、毎週月曜にニュースサイトを巡回し、高等教育の改善に関わる記事を3本見つけて切り口まで提案するエージェントを自作した。記事そのものは自分で書く。ただ、いま世の中が何を考えているかと自分のテーマを結びつける作業を、エージェントが下ごしらえしてくれる。
ただし、線引きは要る。筆者はLLM(大規模言語モデル)に文章そのものを書かせない。AIが生成した文章はいまだに見分けがつきやすく、伝えたい洞察の芯を捉えきれないからだ。下書きだけAIに任せて後で直しても、いわゆる「AIっぽさ」がにじみ出てしまう。「私はもともとem dash(ダッシュ記号)が好きすぎるのに、その上ボットみたいに聞こえるのは勘弁してほしい」という自嘲は、生産性の底上げと専門性の代行の境目を、うまく言い当てている。
AIを「壁打ち相手」に育てる
会社の資料やミッション、過去の仕事の事例を読み込ませたAIに、思考の壁打ち相手を任せる方法もある。
やり方はこうだ。会社の理念に関わる文書、これまでの成果物の例、担当する案件や顧客の情報をAIに与える。そのうえで、どう関わってほしいかを指示する。問題への向き合い方を提案させてもいいし、自分の論理を批判させてもいい。答えを返すより、こちらに問いを投げ返すよう頼むこともできる。目的に応じて、少しずつ性格の違う「相談役」を複数用意しておく手もある。
ここで肝心なのは、返ってくる答えそのものが解決策になることは、あまりない点だ。むしろモデルの反応は、いま直面している状況を別の角度から見させ、一人では思いつかなかったアプローチへと考えを動かす。会社のミッションを踏まえた視点で応じてくれる分、独りよがりの思考を早い段階で軌道修正できる。
本番前に「バッティングケージ」で練習する
初めての交渉や部下への指摘は、AIに相手役を演じさせて予行演習できる。しかも、終わった後にその場でフィードバックまでもらえる。
新しい仕事では、これまでやったことのない役回りが回ってくる。初めて管理職になれば、誰かの働きぶりに苦言を呈さねばならない。顧客と向き合う立場なら、交渉や営業が初仕事になることもある。相手は必ずしもこちらの想定どおりには反応せず、最初の一回はたいてい面食らう。
そこで筆者が勧めるのが、自分専用の「バッティングケージ」だ。苦手な場面の相手役をAIに演じさせ、批判を素直に受け入れる相手も、そうでない相手も再現して打席に立つ。終了後に自分の対応を採点させれば、次にどう変えればいいかまで見える。消防ホースから水を飲むような数週間を、壁打ち相手とバッティングケージが、少しだけ和らげてくれるのかもしれない。





