Anthropicは今週、科学者向けAIツール「Claude Science」を発表し、同時に自ら新薬を開発すると表明した。狙いは、製薬大手が採算で敬遠してきた「見捨てられた病」だ。だが、AIが設計して規制当局の承認まで至った薬は、世界にまだ1つもない。
「Claude Science」とは、散らばった研究道具を1つにまとめる作業台だ
「Claude Science(クロード・サイエンス)」は、バラバラに散らばった研究ツールやデータセットを1つの環境に束ね、論文用の図やグラフまで自動で生成する「科学者向けAIワークベンチ(作業台)」だ。
Anthropicは今週開いた「The Briefing: AI for Science」というイベントで、この新ツールを発表した。同社はコーディング支援ツールと高性能な言語モデルで業界を席巻してきたが、今度は科学研究そのものに照準を合わせる。すでに多くのバイオ・製薬企業がClaudeを使っていると同社は強調し、AIには「科学的発見と医療介入の開発を劇的に加速させる」力があると訴えた。
研究者が日々直面するのは、ツールが分断され、データがあちこちに散らばった状態だ。論文を探すソフト、実験データを解析するソフト、図を描くソフトが、てんでバラバラに動く。Claude Scienceはそれらを1つの画面に集めるという。派手さはないが、研究現場の消耗を減らそうという狙いがうかがえる。
Anthropicが自社で「創薬」に乗り出す異例さ
Anthropicは道具を売るだけにとどまらず、自ら新薬を開発すると表明した。ソフトを競合になりうる製薬各社に売りながら、自分も同じ創薬レースに加わる。主要なフロンティアAI企業がこれほど直接的に創薬へ踏み込む例は、めったにない。
ライフサイエンス部門を率いるエリック・カウダラー=エイブラムスは、まず「見捨てられた病(neglected diseases)」の治療法を探すと述べた。ただし、Anthropicは詳細をほとんど明かしていない。有望な候補が見つかったらどうするのか、どの病気から手をつけるのか、動物実験や臨床試験、製造で他社と組むのか。米テックメディア『The Verge』の取材に同社は答えなかった。
この動きで、Anthropicは複数の先行企業がひしめくレースへ飛び込む。AI創薬に特化したInsilico(インシリコ)、グーグルのDeepMindから独立したIsomorphic Labs(アイソモーフィック・ラボ)、そして自前でAIを組み込む製薬大手が、すでに走っている。OpenAIやアマゾン、グーグルもそれぞれライフサイエンス向けのツールを持つ。だが、道具を売る側が薬そのものまでつくる例は、まだ数えるほどだ。
AIは新薬開発の「全工程」に入り込んでいる
AIは化合物を見つける段階から、その改良、研究支援、データ解析、臨床試験、製造まで、創薬の「あらゆる段階」で使われている。ケンブリッジ大教授でAIバイオ企業CardiaTec(カーディアテック)の共同創業者ナムシク・ハンは、そう指摘する。
「AI創薬」という言葉は、きわめて幅広い、とハンは言う。たとえばAIは、特定の病気に関わることがわかっている細胞受容体などに作用しそうな新しい分子を提案できる。既存薬の意外な使い道を掘り当てることもある。ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)の創薬教授マシュー・トッドは、AIを新薬アイデアの「試走」に役立つ便利な道具だと評し、もはや創薬全体に浸透した「何でも言葉」だと語った。
Anthropicのような最先端モデルを持つ企業なら、膨大な化学と生物のデータを横断的に探り、人間には見つけにくいつながりを示せるだろう。これまで気づかれなかった標的や、手持ちの薬の新しい用途が、そこから浮かぶかもしれない。
「見捨てられた病」に光は届くか
AIが設計した薬が実際に患者へ届くには、まだ長い道のりがある。規制当局に承認されたAI設計薬は世界に1つもなく、開発が人間の監督なしに自走することもない。
トッドは、AIの設計した薬が人間への使用を承認されるまで「まだ相当遠い」と釘を刺す。質の高い実験データ、たとえば化学物質が体内でどう振る舞うかといった公開情報が乏しいことも、開発の足かせになる。よく研究された生物学の領域ですら、仕組みの理解には大きな空白が残っている。「AIモデルは、実験を不要にする域には全く近づいていない」。
それでも、Anthropicが照準を定めた「見捨てられた病」は、患者が貧しく市場が小さいために製薬大手が長く投資を避けてきた領域だ。採算より先に、治療を必要とする人がそこにいる。散らばった道具を1つの作業台に束ねた企業が、割に合わないこの領域から最初の分子をすくい上げられるのか。答えが出るのは、まだ少し先になりそうだ。





