2026/07/04
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中国EV大手が欧州の遊休工場へ進出。フォードや日産が埋められない生産ラインを奇瑞やBYDが引き継ぐ

中国EV大手が欧州の遊休工場へ進出。フォードや日産が埋められない生産ラインを奇瑞やBYDが引き継ぐ

中国ブランドの欧州での新車販売は、今年第1四半期に28万5,000台へ達した。前年同期比で88%増え、市場シェアは4.5%から8%超へ跳ね上がっている。

なぜ中国EVは欧州の遊休工場へ進出するのか

関税を避けるためだ。中国から船で運んだEVには最大35.3%の関税がかかるが、欧州の中で組み立ててしまえば、その壁はまるごと消える。

中国最大級のEVメーカーの一つ、奇瑞(チェリー)は今年後半、スペイン・バルセロナにある日産の旧工場でEVの生産を始める。英国サンダーランドの日産工場でも、自社の車を委託生産する交渉を進めているという。同じくスペイン・バレンシア近郊のフォード工場では、中国の吉利(ジーリー)が遊休棟を引き継ぐと報じられている。そして2023年に世界最大のEVメーカーとなったBYDは、ドイツ・ドレスデンにあるフォルクスワーゲン工場の半分を狙っているとされる。

EUは中国製EVに10%の輸入関税をかけ、そこへ2024年に導入した反補助金関税(中国政府の補助金を打ち消すための追加関税)を上乗せした。合計は最大35.3%に達する。だが欧州域内で車を作れば、この負担はゼロになる。「これは遊休設備を埋めるだけの話ではない。欧州の産業の仕組みそのものに根を張ることだ」。上海に拠点を置くコンサルティング会社オートモビリティ創業者のビル・ルッソは、そう指摘する。勝つのは、この乗り込みを「根を張る作業」と捉える企業だという。

閉じたのではなく、飢えている工場

手放される工場は、閉鎖されたのではない。仕事を失って飢えている。フォルクスワーゲンは今後4年間で、ドイツ国内の生産を年73万4,000台削減する計画だ。

フォードはケルン、日産はサンダーランドで、それぞれ生産を絞ってきた。ガソリン車を買う人が減り、かといって電気自動車は作るほど赤字になる。そんな板挟みの結果だった。ここに、稼働中の工場をそのまま使いたい中国勢の思惑が重なる。ゼロから建てるより、建物も電力も熟練工もそろった工場へ歩いて入る方が、速くて安いからだ。

サンダーランドの交渉が実れば、日産は工場を手元に残したまま、空いたラインで奇瑞の車を請け負って作ることになる。欧州での販売が落ち込み、財務も張り詰めた日産にとって、この取引はあくまで急場しのぎだ。最も大胆なのはドイツの一件だろう。実現すれば、かつて客が窓越しに自分の車の組み立てを眺めたドレスデンのガラス張りの工場の半分を、世界最大のEVメーカーが握ることになる。

欧州メーカーが手放すもの

差し出すのは、空いた建物だけではない。雇用も、部品を納める地元の取引先も、そして技術の主導権も、いっしょに明け渡す危険がある。

コンサルティング会社ハフェジ・キャピタル創業者のババク・ハフェジは、本当の危機は工場そのものではないと言う。「工場は代えのきく資産だ。最大のリスクは、欧州と西側の自動車メーカーが、中国製のプラットフォーム、ソフトウェア、電池、車両設計に依存していくことだ」。その間に中国企業は、地元の生産拠点も、労働力も、取引先も、そして『近所で作られている』という消費者の信頼までも手にしていく。

依存は数年で染み込むかもしれない。欧州で作られ、欧州の名で売られた中国ブランドの車が、いつしか外国製とは見なされなくなる。雇用が地元に落ち、見出しが『欧州製の中国ブランド』と書くようになれば、抵抗はやわらぐ。EV産業を研究するジョージ・ワシントン大学のジョン・ヘルベストンは、より冷静だ。「時間を稼いではいる。だが中国のサプライチェーンを丸ごと締め出してしまった以上、彼らが中国勢の競争力に追いつくのは、かなり難しい」

時間を稼ぐのは、貸主か借主か

欧州メーカーは空き工場に借り手を得て、数年分の賃金を確保する。中国メーカーは、二度と引き剝がせないかもしれない足場を手に入れる。同じ取引を、両者はまるで別の勝負として見ている。

すべてを「ゆるやかな降伏」と見る向きばかりではない。中国の自動車業界に詳しいコンサルタント、レイ・シンは、これを自国市場を卒業した企業の次の段階だと捉える。売る場所で作る、それだけのことだ、と。一方でワシントンのシンクタンクで技術政策を担うスティーブン・エゼルは、欧州の政策当局にとって中国EVは「自動車産業の土台を揺るがす脅威」であり、招き入れるより締め出すべきだと主張する。目先の便利さが、長期の危うさを覆い隠しているというわけだ。

工場が代えのきく資産なら、答えは次に組み上がる車が教えてくれる。かつて客が窓越しに組み立てを見つめたドレスデンのガラス張りの工場で、欧州で作られ欧州の名で売られる中国ブランドが街に馴染むころ、それを外国製と呼ぶ声は、もうどこにも残っていないのかもしれない。