欧州中央銀行(ECB)は7月23日、次世代ユーロ紙幣のデザイン案を公開し、市民に「鳥と川」か「欧州文化」の2つのテーマから投票を求めた。応募総数は1,200点超、SNS上の関連投稿は1,700万回以上閲覧された。
ユーロ新紙幣のデザインを、市民に問う公募
ECBが今回のデザイン刷新で狙ったのは、市民を巻き込む「参加型」の意思決定だ。SNS上でアンケートを公開し、最終候補のデザインへの投票を呼びかけた。
紙幣のデザインを定期的に更新するのは、偽造防止技術を最新に保つためでもある。今回の新シリーズは、2013年から2019年にかけて発行された「エウロパ」シリーズに続くものだ。市民が選べるのは2案。ヨーロッパの鳥や風景を描く「自然」テーマと、オペラ歌手マリア・カラス、物理学者マリー・キュリー、『ドン・キホーテ』の作者セルバンテスといった文化的アイコンを据える「欧州文化」テーマである。
「ユーロ紙幣は単なる決済手段ではありません。ヨーロッパを最も具体的に表現するものの一つです」。ECB総裁のクリスティーヌ・ラガルドは発表でこう述べた。1,200点を超える応募は、21人の専門家からなる審査員団によって絞り込まれた。ここまでは、いたって真面目なプロジェクトだった。
市民が描いたのは「ペットボトルの蓋」だった
だが、SNSに集まったのは投票ではなく、市民自作の「代替案」の洪水だった。最も拡散したのは、20ユーロ紙幣に描かれた、蓋がボトルに繋がったままのペットボトルである。
これはEUの規制を皮肉ったものだ。EUでは使い捨てプラスチック削減のため、ペットボトルの蓋を本体から外れない構造にすることが義務づけられている。飲むたびに顔に当たると不評なこの「一体型キャップ」を、市民は"最も欧州的な日常"として紙幣に刻んだわけだ。同じ発想の作品を投稿する人が続出した。
冗談はさらに広がっていく。サグラダ・ファミリア、アクロポリス、ノートルダムといった建築を並べ「見せるべき欧州の建物はいくらでもある。なぜ鳥なのか」と問う真面目な提案もあった。一方で、飼い犬や飼い猫を紙幣に載せる人、『ドラゴンボール』のベジータや悟空、ポケモンのキャラクターを描く人まで現れた。通貨のデザインという厳粛なテーマは、いつのまにか大喜利の舞台になっていた。
冗談の紙幣が映した、通貨への本音
笑いの裏には、現実の不満もにじんでいた。ある自作デザインの500ユーロ札には「In Inflation We Trust(我々はインフレを信じる)」の文字が躍る。米ドル紙幣の「In God We Trust(我々は神を信じる)」をもじった、物価高への皮肉だ。別の一枚は、遅延した列車の写真に「遅れる、それでも高い」と添えていた。
こうした投稿の多くは、公式の選考対象にはならない。それでも、ECBのアンケートはX上で1,700万回以上閲覧された。中央銀行が市民に意見を求めるという行為そのものが、通貨への信頼や不満を語る場を開いてしまったとも言える。紙幣が「ヨーロッパを最も具体的に表現するもの」だとすれば、市民が返した冗談もまた、その社会の本音を映す鏡だったのかもしれない。
投票の締め切りは9月21日、決めるのは市民だ
公式の意見募集は2026年9月21日まで続く。最終的にどのテーマが選ばれ、どんな顔ぶれが次のユーロ紙幣を飾るのかは、これから決まっていく。
中央銀行が市民に問いを投げれば、真面目な一票も、ペットボトルの蓋も一緒に返ってくる。その雑多さこそ、国境を越えて日々使われる通貨の姿に近いのかもしれない。次にユーロ紙幣を手にするとき、そこに描かれた鳥や偉人の背後に、こうした無数の落書きがあったことを思い出す人もいるだろう。





