2023年のコロンビア大学の研究によれば、女性の給与は子どもを持った後に平均で半分まで落ち込み、その後も少なくとも6年間は低いまま戻らない。2025年に入ってからは、84万5,000人の女性がアメリカの労働市場を去った。
マミートラックとは何か、その仕組み
マミートラックとは、フレックス勤務や育休といった制度を使った女性が、昇進コースから静かに外される仕組みを指す。制度そのものは与えられるのに、それを利用した事実が「本気度が足りない」という評価に直結する構造だ。
「マミートラック」という言葉が生まれたのは1988年のことだ。米ニューヨーク・タイムズの記者ジェニファー・キングストンが、当時の新しい現象を名づけた。一流の法律事務所が、女性に柔軟な勤務時間と育児休暇を用意し始めた頃だった。
だが、そこには落とし穴があった。キングストンは、こうした制度を使った女性が「マミートラック」に乗せられ、昇進の芽を摘まれると指摘する。「勤務時間を減らし、家族と過ごす時間を選んだ女性は、男性の同僚から本気ではないとみなされる」と彼女は書いている。
制度を用意すること自体は、一見すると前進に見える。しかし利用した瞬間に評価が下がるなら、その制度はむしろ罠として働く。日本で「マミートラック」という言葉がそのまま定着しているのも、この構造が国境を越えて共通するからだろう。
出産で年収が半減し、6年は戻らない
出産後、女性の平均給与はおよそ半分に落ち込み、その後少なくとも6年間は低い水準にとどまる。これがコロンビア大学の2023年の研究が示した「マザーフッド・ペナルティ(母であることへの罰)」の実態である。
キングストンの記事から約38年。呼び名は「マミートラック」から「マザーフッド・ペナルティ」へと移り変わった。だがFast Companyの記事が突きつけるのは、変わったのは言葉だけで、中身はほとんど動いていないという現実だ。
親になると、賃金も昇進の見込みも下がる。しかも一度下がった給与は、6年たっても元の水準に戻らない。育休を境にキャリアが折れ曲がる感覚は、多くの働く親が味わってきたものだろう。データは、その感覚が思い込みではないことを裏づけている。
「マミートラック」から「マミー・エクソダス」へ
いま進行しているのは、罰を受けながら働き続ける段階を通り越し、女性が職場そのものを去る「大量離職(エクソダス)」だ。2025年だけで、84万5,000人の女性が労働市場から抜けた。
全米女性法センター(NWLC)の分析によれば、7月のわずか1カ月で、女性は3万2,000人分の職を失った。同じ月、男性は逆に9,000人分の職を得ている。減っているのは女性側だけ、という非対称がはっきりと表れた。
さらにKPMGの分析では、2023年から2025年にかけて、5歳未満の子を持つ大卒女性の失業が増えた。ところが同じ時期、幼い子を持つ大卒男性と、子どものいない女性の雇用はむしろ増えている。背景の一つが保育費の高騰だ。2020年から2024年までの4年で、29%も跳ね上がった。働くために払う額が、働いて得る額を侵食し始めている。
解決策はすでにある、戦時保育所が示した前例
働く母親を支える仕組みを、社会は過去に一度つくり上げている。第二次大戦中、政府は保育所を補助し、約60万人の子どもが1日およそ12ドル(現在の貨幣価値)で預けられた。
当時の保育所は勤務時間に合わせて開き、1日3食を出し、母親向けの食事まで用意する施設もあった。ところが1946年、戦争の終結とともに、政府は継続を求める多くの声を無視して補助を打ち切ってしまう。必要がなくなったと判断された途端、その仕組みは一夜で消えた。
同じ光景はコロナ禍でも見られた。出社が難しくなると、企業は一夜にしてリモートワークを可能にした。その結果、5歳未満の子を持つ女性の労働参加率は、パンデミックのさなかに過去最高を記録している。そして今、企業はAIのために猛烈な速さで働き方を組み替えている。大量のレイオフ、初級職の廃止、全社的な研修と、その機動力は際立つ。
実例も出始めた。シリコン製のニップルカバーを作る新興企業Cakes(ケイクス)は、従業員に月3,000ドルの手当を支給し、コアタイムを社員が暮らす地域の学校の時間に合わせている。こうした企業がまだ少ないのは、やり方が分からないからではない。経営層に多様性のある企業は、そうでない企業より9%高い確率で同業を上回り、多様性が下位25%にとどまる企業は上回る確率が66%も低いという研究さえある。
問題は、より良い職場のつくり方を知らないことではない。それを「自分たちの問題ではない」と、私たちが繰り返し決めてきたことにある。企業がAIのために一夜で仕組みを変えられるのなら、母親のためにも同じ速さで動けるはずだ。マミートラックは、本当に「彼女の選択」なのか。それとも、私たちが彼女に代わって下した選択なのか。答えは、次に社会が何を真っ先に組み替えるかに、静かに表れるのかもしれない。





