2025年のレビューは、アメリカで最大500万人が機能性神経障害を抱えると推計する。脳や神経に損傷はないのに、歩行困難や発作といった本物の症状が現れ、患者の死亡率は一般人口の2倍を超えるとされる。
「気のせい」と言われ続ける、機能性神経障害という誤解
機能性神経障害(FND)は、脳の画像検査では異常が見つからないのに、歩けない・手足が震える・発作が起きるといった本物の身体症状が現れる病気だ。検査が正常だからこそ、「気のせい」と誤解されてきた。
患者がクリニックにたどり着くころには、「それは全部あなたの頭の中の話(It's all in your head)」という言葉を数え切れないほど聞かされている。脳スキャンは正常、脳の電気活動を測る脳波検査も問題なし。「てんかんではありません、良かったですね」と告げられる。だが、なぜ転ばずに歩けないのか、なぜ脚の震えが止まらないのかを、どの検査も説明できない。やがて患者自身が「本当に自分の思い込みなのだろうか」と疑い始める。
医療現場では、患者がしばしば「ピンポン球」になる。神経の症状に見えるからと精神科は神経内科へ送り、スキャンが正常だからと神経内科は精神科へ送り返す。解説メディア『The Conversation(ザ・カンバセーション)』に寄稿した米コロラド大学アンシュッツ医学部のプログラムマネージャー、マッケンジー・ムーアは、この応酬で「唯一の敗者は患者だ」と書く。答えを求めて救急外来と専門クリニックを何度も往復し、不要な薬を処方され、正しい診断の前に侵襲的な処置を受ける人もいる。
脳は「予測」で世界を作っている
有力な仮説のひとつが「予測処理」だ。脳は外界にただ反応するのではなく、過去の経験と体内外の信号をもとに絶えず次を予測しており、その予測の更新がうまくいかないときにFNDの症状が生まれると考えられている。
階段を上るとき、私たちはどの筋肉をどう動かすかをいちいち計算しない。脳は動作を始める前に、すでにその動きを予測している。届いた新しい情報が予測とずれると、脳は予測を修正する。この食い違いを、科学者は「予測誤差」と呼ぶ。研究者たちは、この更新の仕組みが乱れることこそ、FNDの一因ではないかとみている。
単一の原因があるわけではない。だが、けが・病気・痛み・強いストレスなどをきっかけに、脳が新しい情報より過去の予測に頼りすぎることがある。たとえば、けがが治ったあとも、脳は「その動きは危険だ」と予測し続けることがある。体にはもう害がないのに、脱力や歩きにくさが残る。損傷はどこにもないのに、不随意で、確かに実在し、生活を奪うほど重い症状が生まれるのだ。
「ヒステリー」と呼ばれ、女性の思い込みとされてきた歴史
この病気はかつて「ヒステリー」「転換性障害」と呼ばれ、症状は心理から生じる「気のせい」とみなされてきた。その多くは女性の感情の問題として片づけられ、長い偏見の温床になった。
それぞれの呼び名は、その時代の医学が持てた最善の説明ではあった。だが、患者が実際に体験していたものを言い当ててはいなかった。今なら障害の一部と認められる症状の多くが、当時は女性の情緒の産物とされ、退けられた。女性の健康の訴えに医療がどう向き合ってきたかという、より大きな偏りが背景にある。
神経科学が進むにつれ、研究者は、目に見える損傷や画像上の異常がなくても、脳の「働き方」の変化から症状が生じうると気づき始めた。現在のモデルは、脳のネットワーク、そして脳と体と環境の動的で結びついた関係に焦点を移している。医療従事者の多くが養成課程でFNDをほとんど学ばず、専門医も資金も足りない「治療の砂漠」が、いまも診断の遅れを生んでいる。
信じることから、回復は始まる
治療は、乱れた脳のネットワークに新しく健全なパターンを学び直させる方向へ進んでいる。心理療法・理学療法・作業療法・言語療法がそれぞれ役割を担い、回復の形は人によって違うものの、改善は可能だと示す証拠が積み上がりつつある。
新しい多職種連携のクリニックが各地に生まれ、研究も加速している。担当医のローラ・ストロムはよく患者にこう声をかけるという。「それが全部あなたの頭の中にあるのは、いいことです。だってそこにあなたの脳があるのだから」。症状が脳から始まることは、それが想像の産物であることを意味しない。むしろ、それが神経の問題であることを意味する。
そして、あらゆる療法より前に、最も大切な一歩が置かれている。医療者が患者を信じることだ。「それは全部あなたの頭の中の話」。長く患者を突き放してきたこの言葉は、脳こそが症状の在り処だという意味で、むしろ正しかったのかもしれない。数百万人にとって、理解されることは、また別の行き止まりではなく、回復の始まりになりうる。





