2026/08/23
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地下に眠る天然水素は数兆トン、その埋蔵量の可能性をカナダの古い鉱山データが示す

地下に眠る天然水素は数兆トン、その埋蔵量の可能性をカナダの古い鉱山データが示す

カナダ・キッドクリーク鉱山の14,000本を超える掘削孔からは、年におよそ140トンの水素が使われないまま噴き出している。米地質調査所は、地殻全体で数兆トンの水素が生成されると推定する。

なぜ「地下水素」に埋蔵量の可能性があるのか

地中では、水が鉄分を多く含む岩石や放射性元素の崩壊と反応し、水素が絶えず生まれている。人が電力をかけて製造する必要のない、いわば「出来合い」の燃料だ。

話は1990年代、カナダ・オンタリオ州北部のキッドクリーク鉱山に遡る。北米大陸の古い岩盤を地下3キロ以上まで掘り下げたこの坑道に、トロント大学の地球化学者バーバラ・シャーウッド・ロラーのチームが降りていった。そこで見つかったのは、10億年以上も地中に閉じ込められてきた水だった。この古い塩水は、水と岩石の反応で生じる水素を栄養源にする微生物のすみかになっていた。

水素燃料は用途の広い動力源として期待される。だが通常はその製造過程で大量の温室効果ガスを出し、しかも得られる水素が持つエネルギーより多くのエネルギーを食う。もし地中にできあがった水素の貯留層をそのまま汲み出せれば、この割の合わない方程式は覆る。こうした天然の水素は「地質学的水素(ジオロジック水素)」と呼ばれ、近年その探索に数十社のスタートアップが名乗りを上げてきた。ビル・ゲイツが出資するコロマ社や豪州のハイテラ社は、水素を生む古い海洋性の岩盤を求めて米国中西部を掘り進めている。

数兆トンという桁と、「年140トン」の現実

米地質調査所は、地殻内で生成される水素の総量を数兆トンと見積もる。そのごく一部でも回収できれば、世界の水素需要を数百年まかなえる計算になる。

ただし、桁の大きさと実際に手に入る量はまったく別の話だ。シャーウッド・ロラーは同僚のオリバー・ウォーとともに、キッドクリーク鉱山で10年以上かけて集めた35本の掘削孔のデータを精査した。すると各孔から、年間平均およそ8キロの水素が一定して放出されていた。鉱山全体の14,000本を超える掘削孔に当てはめれば、年およそ140トンの水素が使われないまま坑道の通気口から抜けている計算になる。

今年、米科学アカデミー紀要『PNAS』に報告されたこの数字は、世界を変えるほどの規模ではない。それでもすべてを捕まえられれば、鉱山の操業のかなりの部分をまかなう程度のエネルギーにはなるという。地質学的水素が本当に使えることを、その場で示す実証になるからだ。フランス・グルノーブル・アルプ大学の地球化学者ロラン・トリュシュのチームは2024年、アルバニアのクロム鉱山からも年に少なくとも200トンの水素が流れ出ていると報告している。「天然水素が存在することは、もう証明された。残る課題は、それを商業規模で経済的かつ安定して生産できるかだ」と、トリュシュは語る。

水を注いで水素を「育てる」オマーンの実験

大当たりの鉱脈を探し当てなくても、証明への道はある。反応しやすい岩石に水や熱、触媒を注ぎ込み、水素の生成そのものを人為的に後押ししようという試みだ。

こうしたプロジェクトは十数件が米エネルギー高等研究計画局(ARPA-E)の資金を得ており、水素を生む化学反応を1万倍に加速する目標を掲げる。研究者の見積もりでは、その速度に達してはじめて生産が採算に乗るという。

手応えは今年、オマーンの山中から届いた。ある研究チームが深さ1キロの井戸を掘り、5万立方メートルの水を岩盤に注入した。数か月後に井戸を開けると、ガスが噴き出してきた。しかも、その9割が水素だった。「ガスが泡立って出てくる」。英サウサンプトン大学の地球科学者ジョー・シャノンは5月、欧州地球科学連合の会合でそう報告した。

「もともと在ったのか」という問い

有望な兆候だとしても、未解明の点は山ほど残る。なかでも最も重要なのは、拍子抜けするほど素朴な問いだった。噴き出した水素は、水の注入によって新たに生まれたものなのか、それとも初めからそこに在っただけなのか。

この区別がつかなければ、「水を注げば水素が採れる」という技術の核心は証明できない。だが問いがここまで明確になったこと自体、この分野が思弁の段階を抜け出しつつある証しでもある。詳しい経緯はMITテクノロジーレビューの報告にまとまっている。10億年前の地下水を宿す古い岩盤が、脱炭素社会の静かな水源になるのかどうか。答えは、次に掘る一本の井戸のなかにあるのかもしれない。