2026/07/14
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インド政府がWhatsAppのユーザー名機能を規制へ。暗号化アプリの設計に介入する世界的先例か

インド政府がWhatsAppのユーザー名機能を規制へ。暗号化アプリの設計に介入する世界的先例か

WhatsApp(ワッツアップ)は6月29日、電話番号を明かさずに会話できる「ユーザー名」機能の世界展開を始めた。利用者8.5億人を抱えるインドの政府はこれに異議を唱え、同じ機能を持つTelegramとSignalを含む3社に7月9日までの説明を求めた。

なぜインドはWhatsAppの新機能に反対するのか

インド政府の主張は、匿名に近いアカウントがなりすましや金融詐欺を容易にする、というものだ。だが専門家は、その主張が証拠で裏づけられていないと指摘する。

WhatsAppにとってインドは8.5億人超を抱える世界最大の市場であり、個人間の連絡だけでなく、銀行取引やチケット予約、買い物までを支える生活インフラになっている。政府は、電話番号の代わりにユーザー名でアカウントを作れる仕組みが、詐欺犯に悪用されると懸念する。

しかし、セキュリティ技術者のブルース・シュナイアーは冷ややかだ。「たしかにWhatsAppはサイバー犯罪に悪用されうる。だがメールもそうだし、電話もそうだ。あらゆるものがそうなる。それがインフラの定義だ。善にも悪にも使える」と海外メディア『Rest of World』に語った。電子フロンティア財団(EFF)の技術者エリカ・ポートノイは、ユーザー名はむしろ嫌がらせや政治的報復に直面する人々を守ると反論する。当局は必要なら合法的な手続きで利用者情報を追跡できる、とも言う。

「暗号化アプリの規制」が世界的な先例になりかねない

一国での譲歩が、他国の同様の要求を呼び込む「滑り坂」になる恐れがある。これが専門家の最大の懸念だ。

国際NPOアクセス・ナウで暗号化政策を統括するナムラタ・マヘシュワリは、WhatsAppがインドの圧力に屈して機能を修正・撤回すれば、世界中で模倣的な要求を招くと警告する。「一つの司法管轄で何かを譲り、しかも技術的に可能だと知られた瞬間、他国も追随する。世界中のほとんどの政府が、テクノロジー企業が人々の生活や個人データに対して持つ力を、自分のものにしようと狙っている」

現実的な帰結はこうだ。企業は国ごとに異なる仕様の「安全な通信ツール」を出し分けるようになる。技術系弁護士でNPO・SFLC.inを創設したミシ・チョウドリーは、それが「プライバシー保護を市場ごとに少しずつ、じわじわと弱めていく」と語る。ジャーナリストや、容疑者扱いされずにプライバシーを求めるすべての人にとって、良い話ではない。

インドの動きが「これまでと違う」のはなぜか

過去にも各国政府はアプリを遮断してきた。だが今回は、コンテンツではなく「設計そのもの」を標的にしている点が新しい。

デジタル権利擁護団体インターネット・フリーダム財団の創設者アパル・グプタは、こう指摘する。「インドは、これまでとは違うことをしている。まだ何の被害も起きていない設計に反対し、企業に対して機能を『政府が満足するように』正当化せよと求めている。そんな権限を認める法律はどこにもない」

WhatsAppはこれまでも、メッセージの転送回数制限や転送ラベルの追加、捜査当局への協力などでインド政府の懸念に応じてきた。一方で、あるメッセージの「最初の発信者」を特定できるようにせよという要求には抵抗を続けてきた。それは、エンド・ツー・エンド暗号化とは両立しないからだ。今回のユーザー名も、連絡先の検出やセキュリティ基準に関わる「設計上の大きな変更」であり、一市場のために簡単に調整できるものではない、と専門家は口をそろえる。

利用者を守るために組み込まれた「防御層」

WhatsAppは、なりすまし対策を機能の中にあらかじめ組み込んでいると説明する。

同社によれば、ユーザー名機能はまだ本稼働しておらず、年内に段階的に展開される。公人・政府機関・著名人・認証済みアカウントといった「最も悪用されやすい名前」は事前に確保され、正規の所有者しか使えないようにしてある。よく似た派生名も同様に押さえているという。初めて誰かに連絡するには正確なユーザー名を知る必要があり、任意で「ユーザー名キー」を追加することもできる。1アカウントが新規に連絡できる人数には上限が設けられ、キーの総当たり推測はブロックされる。

見過ごされがちだが、ユーザー名を使う場合でも電話番号の登録は依然として必要だ。つまりこの機能は「匿名化」ではなく、電話番号を相手に見せずに済ませる仕組みに近い。設計への政府の介入が一度前例になれば、次はどの機能が、どの国で「政府の満足」を求められるのか。暗号化されたやり取りの行方は、インドが送った一枚の通知の先に、静かに続いているのかもしれない。