ロッテ・ライニガー監督の『アクメッド王子の冒険』は1926年公開。現存する世界最古の長編アニメで、ディズニーの『白雪姫』(1937年)より11年早く、切り絵を1コマずつ動かして作られた。
ネズミ係から監督への道
ロッテ・ライニガーは1899年、ベルリンに生まれた。映画界での最初の仕事は、ネズミの世話係だった。
無声映画の時代、女優を夢見た彼女が初めて関わった作品は、ドイツの民話を下敷きにした『ハーメルンの笛吹き男』である。とはいえ、カメラの前に立つ役ではない。任されたのは、笛吹き男を追うネズミたちの管理だった。幼いころから影絵に夢中で、シルエットを切り抜いてはミニチュアのシェイクスピア劇を上演していた彼女は、そのハサミの腕を買われてタイトルカードの切り絵を担当し、撮影現場に潜り込んでいた。
ところが、本物のネズミは言うことを聞かない。笛吹き男のあとをついて歩いてくれなかった。困り果てた撮影隊は、木彫りのネズミに切り替える。模型を少しずつずらしながら1コマずつ撮影すると、再生したとき、止まっていたはずのネズミが動いて見えた。「これが私とアニメーションの最初の出会いでした」と、ライニガーは1970年の著書で振り返っている。古めかしい影絵人形を、この「ストップモーション」で動かせるのではないか。ひとつの着想が芽生えた瞬間だった。
切り絵に命を吹き込む、1分に1000コマ
彼女の手法は、関節を仕込んだ切り絵人形をガラス板に並べ、下から光を当て、真上のカメラで1コマずつ撮るというものだった。映画わずか1分ぶんに、1000コマ以上を要した。
1919年、最初の短編『愛する心の飾り』が完成する。以降も彼女は、眠れる森の美女やシンデレラといったおとぎ話を題材に短編を作り続けた。ニベアクリームの広告まで手がけている。アニメーションがまだ揺籃期にあった当時(ミッキーマウスの登場は10年も先だ)、その作品は際立っていた。1923年、短編に目を留めたベルリンの銀行家が、長編制作への出資を申し出る。長編アニメという発想そのものが異例だった時代の話だ。
出資を受けたライニガーは、ごく少人数のスタッフだけで制作に入った。数人のアニメーターと、撮影コマを記録する助手、そしてカメラを操作する夫が加わった。人形は彼女自身が段ボールと鉛を切り抜き、針金の蝶番で関節をつないで組み立てた。物語は中東のいくつかのおとぎ話をひとつに編み直し、『アクメッド王子の冒険』と名づける。姿を変える魔法使いを相手に、王子が冒険を重ねる筋立てだ。魔法使いと魔女がライオン、サソリ、ドラゴンへと次々に変身しながら戦う場面は、100年たった今も観る者の目を奪う。
技術的にもっとも野心的だったのは、背景の見せ方だった。彼女は背景を何層にも重ねて奥行きを生む撮影法を、独自に編み出していた。後年ディズニーが「マルチプレーン(多層撮影)」として有名にする技法の、いわば原型である。アニメーション研究の専門家クリスティーナ・フォルメンティは「画面が平板でないことが、観ればわかる」と評する。平面の切り絵でありながら、画面には確かな立体感が宿っていた。
ディズニーより10年早かった監督が、なぜ忘れられたのか
理由は、作品が「娯楽映画」ではなく「実験映画」として配給されたことにある。届いた観客は限られ、名声は大きく広がらなかった。
アニメ映画の起源といえば、多くの人がディズニーの『白雪姫』(1937年)を思い浮かべる。「史上初の長編アニメ」という肩書きも、長らくそこに添えられてきた。だが、ディズニー以前にアニメ映画を完成させた女性監督が、ヨーロッパにいた。英国映画協会(BFI)でアニメーションを担当するジェズ・スチュワートは、ライニガーをこう評する。「彼女に匹敵する存在は思いつきません。世界中の観客に今なお語りかける、時代を超えた傑作を生む構想力と技術を、この若い女性アーティストは持っていた」
『アクメッド王子の冒険』は、エンターテインメントの本流ではなく芸術作品として扱われた。「それが成功の範囲を狭めてしまった」とフォルメンティは説明する。先んじた者が、必ずしも記憶される者になるとは限らない。ライニガーの名は、長く映画史の片隅に置かれてきた。
100年後もスクリーンで輝く
2026年は、『アクメッド王子の冒険』公開からちょうど100年にあたる。8月にはロンドンのBFIで、新たな生演奏を添えた記念上映が予定されている。
公開から100年を迎えた今、記念の上映は米国、カナダ、オランダ、チェコ、そして母国ドイツへと広がっている。北京では、ある音楽家がノートパソコンでライブ電子音楽を重ねた回もあったという。スチュワートは、この節目が彼女の後期作品にも光を当てることを願っている。長編こそ二度と撮れなかったが、1950年代には「長靴をはいた猫」「親指姫」といった短編を手がけ、英BBCや米国のテレビで放映された。
その影響は世代を越えて受け継がれている。『ブレッドウィナー』(2017年、米アカデミー賞ノミネート)を監督したノラ・トゥーミーは、ライニガーを「大きな影響を受けた一人」と語る。ハサミ一本で影に命を吹き込んだ少女の魔法は、100年を経てなお、世界のスクリーンでほどけずにいるのかもしれない。





