87歳の司会者が「AI時代の親子鑑定」を裁く
クリエイティブチーム向けクラウドプラットフォームを提供する米Air社は5月5日、ニューヨーク・ソーホーの本社で「Cinco de Maury」と題したイベントを開催した。目玉は、2022年に引退した米デイタイムTV界の伝説的司会者モーリー・ポヴィッチ(87歳)を起用した12分間のキャンペーン動画『On Air with Maury Povich』だ。
動画では、31シーズン続いた人気番組『Maury』のセットとスタジオ観客を忠実に再現し、AI時代の不条理な3つのエピソードを展開する。「合成ガールフレンドの父親鑑定」「AIで加工した祖母の写真を送る彼氏」「息子のAI依存を心配する母親」——いずれもかつての定番フォーマットを、テクノロジーで荒唐無稽にアップデートしたものだ。
ポヴィッチ本人はFast Companyの取材に対し、「純粋にAIだけの企画だったら引き受けなかった。人間の創造性が感じられたから、引退を撤回する気になった」と語っている。
「AIはあなたとタバコを吸ってくれない」——NYT全面広告の衝撃
Airの逆張りブランディングは今回が初めてではない。2026年3月、共同創業者のシェーン・ヘッジは『ニューヨーク・タイムズ』日曜版に手書きの公開書簡を掲載した。見出しは「AI would never smoke a cigarette with you(AIはあなたとタバコを吸ってくれない)」。AI企業の創業者が「AIは創造的仕事を置き換えられない」と断言する内容で、業界内で大きな話題を呼んだ。
この広告はAI搭載デザインツール「Air Canvas」のローンチに合わせたもので、結果は劇的だった。2026年4月の新規登録数は前月比4倍に跳ね上がり、創業以来最高の月間売上を記録したという。
共同創業者のタイラー・ストランドは「新聞広告もテレビ番組の再現も、完全AI生成の未来に対するアレルギー反応だ。伝統的なメディア形式に回帰している」と説明する。
7,000万ドル調達のAI企業が「反AI」を売る逆説
Airは2021年設立のクリエイティブ向けクラウドサービスで、画像認識による自動整理、バージョン管理、承認ワークフローなどAI機能を搭載する。累計調達額は7,000万ドル(約105億円)超。Avenir、Tiger Global、Slack Venturesなどが出資している。
つまりAirは紛れもなくAI企業でありながら、「人間の創造性は問題解決の対象ではなく、称賛されるべきもの」というメッセージを前面に押し出している。ストランドは「創造の中心には常に人間がいる。同時に、創造プロセスの多くの側面はAIで効率化できる。この2つのバランスを見つけることが今の使命だ」と述べる。
この姿勢は、クリエイターが最も恐れる「AIに仕事を奪われる」という不安に正面から向き合うものだ。ツールとしてのAIは提供するが、AIの万能性は否定する。その矛盾をあえて引き受けることが、クリエイター市場での差別化になっている。
ノスタルジアが「信頼」を生む時代
モーリー・ポヴィッチのキャンペーン動画は公開から5日間でInstagramで150万再生、8万2,000件のインタラクションを獲得した。20〜30代のクリエイターが主要ターゲットであるにもかかわらず、1990年代のテレビ番組フォーマットが強烈に刺さっている。
AI生成コンテンツが爆発的に増える中で、「明らかに人間が作った」ことが一種の品質保証として機能し始めているのかもしれない。手書きの新聞広告、実物のセットを組んだスタジオ撮影、87歳のレジェンドの生身の存在感——これらはすべて、AIには模倣しにくい「人間の痕跡」だ。
Airの次の一手がどうなるかはわからない。ただ、AI企業が「人間らしさ」を最大の武器にするという逆説が、少なくとも150万人の目を引きつけたことは確かだ。





