2026/05/25
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脳波で「聞きたい声」だけ拾う補聴器、コロンビア大が原理実証

脳波で「聞きたい声」だけ拾う補聴器、コロンビア大が原理実証

カクテルパーティー問題——補聴器が解けなかった難題

「カクテルパーティー効果」という現象がある。騒がしいパーティー会場でも、人間の脳は聞きたい相手の声だけに集中し、周囲の雑音を自動的にフィルタリングできる。健聴者にとっては無意識の能力だ。

だが補聴器や人工内耳のユーザーにとって、混雑した場所は悪夢に近い。コロンビア大学のニマ・メスガラニ教授はNPRの取材に対し、「非常に混雑した場所では、補聴器を外してしまう人が多い。全員の声を均等に増幅してしまうからだ」と語った。現在の補聴器にも背景ノイズを抑えるアルゴリズムは搭載されている。だが複数の人間が同時に話す状況では、どの声を増幅すべきか判断する術がない。

脳波が「聞きたい声」を指定する

メスガラニ教授のチームが着目したのは、聴覚野から発せられる特殊な脳波だ。先行研究で、人が特定の声に注意を向けると、聴覚野の脳波がその声だけを追跡し、他の音源を追わないことが確認されていた。

この発見を応用し、チームはてんかん治療のために脳内に電極を埋め込んでいた4人の患者で実験を行った。被験者の前に2つのスピーカーを置き、それぞれ別の会話を同時に再生する。最初は同じ音量で流すと、被験者はどちらにも集中しづらかった。

次にチームが脳波連動型の音量調整システムを起動すると、状況は一変した。被験者が会話1に注意を向ければその音量が上がり、それ以外は下がる。注意が会話2に移れば、システムも瞬時に追従する。被験者たちは「このシステムをオンにしておきたい」と答え、理解度は向上し、聞き取りにかかる労力も減ったという。研究成果はNature Neuroscience誌に掲載された

難聴者の脳波でも機能するか

ただし、今回の被験者4人はいずれも聴覚に問題のない人々だった。MITのジョシュ・マクダーモット教授はこのアプローチが有効である強い証拠だと評価しつつも、「難聴者の場合でも注意のターゲットをうまくデコードできるかは、まだ未解決の問題だ」と指摘する。難聴者では脳に届く信号自体が弱くなるため、脳波から注意の対象を正確に読み取れるかは不透明だ。

マクダーモットはもう一つのアプローチにも言及した。AIを使って、ユーザーが聞きたがっている音を学習・推測する方法だ。脳波制御とAI推測、どちらが実用化に近いかはまだわからない。だがいずれにせよ、補聴器がカクテルパーティー問題を解くことは不可欠だとマクダーモットは強調する。

「長生きすれば、誰もが耳が遠くなる」

米国では75歳以上の半数以上が、生活に支障をきたすレベルの難聴を抱えている。「十分長く生きれば、誰でも耳が遠くなる。そして今日、ほとんどの人が十分長く生きる」とマクダーモットは語った。

高齢化が進む日本にとっても、この問題は他人事ではない。補聴器が「全部の音を大きくする装置」から「聞きたい声だけを届ける装置」へ進化すれば、装着をためらっていた人々の日常は大きく変わりうる。カクテルパーティーの喧騒から「たった一つの声」を拾い上げる技術が、脳波とAIという二つの道筋で、静かに形になり始めている。