TikTokユーザーのアニケ・タンが古いバッグの中に組み込んだ「マーメイド・サイバーデッキ」は数百万再生を記録した。Raspberry Pi(ラズベリーパイ)を核にした自作ポータブルコンピューターを日用品に仕込むDIYが、新たなメイカー文化として広がっている。
サイバーデッキとは何か
Raspberry Piなどのシングルボードコンピューターに小型ディスプレイとキーボードを組み合わせ、持ち運べる一台に仕立てた自作コンピューターだ。読書、日記、音楽再生といったオフライン作業に特化した「自分専用マシン」として使われる。
もともとはウィリアム・ギブスンのSF小説『ニューロマンサー』(1984年)に登場するハッキング端末の名称に由来する。現実のサイバーデッキはハッキングツールではない。日本でも人気の高いRaspberry Pi電子工作の延長線上にある「完成品」と考えるとわかりやすい。初音ミクのように既存のツールから独自の創作文化が生まれたのと似た構図で、安価なシングルボードコンピューターから「自分だけのPC」を作る文化が育ったものだ。
従来のサイバーデッキは、3Dプリントの筐体やペリカンケースのような頑丈な箱にサイバーパンク風の装飾を施すのが主流だった。テックメディアが取り上げてきたのも、こうした武骨なスタイルが中心である。だが、いまTikTokで爆発的に広がっているサイバーデッキは、まったく別の方向を向いている。
TikTokが変えたサイバーデッキの美学
この転換の象徴が、TikTokユーザーのアニケ・タン(@ubeboobey)だ。タンは米メディア『The Cut(ザ・カット)』や『Wired(ワイアード)』にも取り上げられたDIYクリエイターで、古いバッグの中にマーメイド(人魚)をテーマにしたサイバーデッキを組み込んで数百万再生のバイラルヒットを生んだ。
テック系メディア『The Verge(ザ・ヴァージ)』の報道によれば、タンのサイバーデッキは外から見ればただのヴィンテージバッグにしか見えず、「誰にも気づかれずに持ち歩ける」のが最大の特徴だという。彼女はその後、MP3プレーヤーやソーラー電源式のサイバーデッキも制作している。
タンだけではない。@diypagancraftsというユーザーは、レトロなテレビ型バッグの外側に画面を取り付け、内部にRaspberry Piとキーボード、ゲームコントローラーを収めたサイバーデッキを披露した。宝石箱、おもちゃ、リサイクルショップで見つけた雑貨。シングルボードコンピューターと画面が入るスペースさえあれば、何でもサイバーデッキになりうる。
このムーブメントに共通するのは、リサイクル品や中古品店で見つけた素材を活用する姿勢だ。3Dプリンターで精密な筐体を設計する従来のアプローチとは対照的に、手元にあるモノから発想する「アップサイクル」──既存品を素材にして新たな価値を持つものに作り替える手法──の精神が色濃い。
自分の手で「形」を決めるコンピューター
サイバーデッキ自作DIYの広がりは、コンピューターの「形」に対する静かな問い直しでもある。スマートフォンもノートPCも、メーカーが決めたデザインをそのまま受け入れるのが当たり前になった。サイバーデッキはその前提を覆す。
必要な機能だけを選び、自分の手で組み、自分の美意識で外装を決める。タンのマーメイドバッグのように、コンピューターが持ち主の個性を映すアート作品にもなる。大量生産品では得られない「これは自分だけの一台だ」という感覚が、数百万人の視聴者を引きつけている理由だろう。
中古バッグの中で静かに起動するRaspberry Piが教えてくれることがある。コンピューターに「正しい形」など、最初からなかったのかもしれない。





