2026/08/23
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アメリア・イアハートのファッションが米国流を作った。始まりは借り物の男性用飛行服

アメリア・イアハートのファッションが米国流を作った。始まりは借り物の男性用飛行服
Photo by Andrés Dallimonti on Unsplash

イアハートが借りた男性用の飛行服をきっかけに、デパートは彼女のために茶色い革のジャンプスーツを製作した。発売から約2週間で、1着175ドル(現在の約3,400ドル)で3人が購入した。

飛行服がファッションになった日

寒さをしのぐために借りた男性用の飛行服が、イアハートを一夜でスタイルアイコンに変えた。1928年に大西洋を渡った直後、英国のデパートが「あなたに服を着せたい」と次々に連絡してきたのだ。

アメリア・イアハートといえば、1937年に世界一周飛行の途上で太平洋上に消えた女性飛行士として知られる。挑もうとしていたのは、女性として初めて地球を一周する約4万5,000キロの旅だった。だが彼女の最初の「初」は、その約10年前にやってきた。しかもコックピットからではない。彼女は乗客として、大西洋を横断した最初の女性だった。上空の寒さに備えて借りたのが、男性用の飛行服だったのだ、と言いたいところだが、正確にはそこから物語が動き出す。

1着175ドルの革のジャンプスーツ

デパートのアーノルド・コンスタブル(Arnold Constable)がイアハートのために仕立てたのは、ウールの裏地がついた茶色い革のジャンプスーツだ。膝の上に大きなカーゴポケットが2つ、片側だけを駆け上がる非対称のボタン、そして太いベルト。発売から約2週間後の記録には、3人が1着175ドルで購入したとある。現在の価値で約3,400ドル、日本円ならおよそ50万円になる。

「これは彼らの、非常に計算されたマーケティングでした」と、スミソニアン国立郵便博物館の助手学芸員アリソン・バジリンスキーはNPR(米公共ラジオ)に語っている。折しもアメリカのファッション産業が、スポーツウェアを軸に急成長を始めた時期だった。業界紙ウィメンズ・ウェア・デイリーは、他の購入者もおそらくパイロットで、上空で着る暖かい服を求めたのだろうと推測している。有名人が着た機能服が、そのまま売れる商品になる。その回路がこの頃に生まれつつあった。

「気取らない服」がアメリカン・スタイルを作った

イアハートの服は、着飾るための服ではなく、動くための服だった。スタイリッシュでありながら気取らない。この感覚こそ、戦間期のアメリカで立ち上がりつつあったスポーツウェア、すなわち「アメリカン・スタイル」の核心だ。

イアハート自身も、やがて機能的な衣服や旅行かばんをデザインするようになる。さらに雑誌『コスモポリタン』の航空担当編集者として、とりわけ女性にとっての空の旅の利点を説いてまわった。飛ぶこと、装うこと、働くこと。その3つが彼女のなかでは一続きになっていた。

あの茶色い革のスーツは、この夏、ワシントンD.C.のスミソニアン・キャッスルで「American Aspirations(アメリカの憧れ)」と題した特別展に並んでいる。建国250年の節目に選ばれた宝物のひとつが、消えた飛行士の一着だった。コックピットで寒さをしのぐために借りた服が、いまは展示ケースの奥から、アメリカがファッションで何を語ろうとしたのかを静かに映し返しているのかもしれない。