米生命保険大手ジョン・ハンコックの「Vitality」プログラムでは、運動や健康的な食品の購入でポイントが貯まり、保険料割引やギフトカードに交換できる。参加者の1日の歩数は一般米国人の2倍に達し、高血圧の加入者の約半数が1年以内に数値を改善した。
なぜ生命保険会社が健康習慣の「ゲーム化」に乗り出したのか
加入者が健康で長生きするほど、保険会社は保険料を長く徴収でき、運用益も増える。「顧客の健康」は慈善ではなく、収益に直結するビジネスロジックだ。
米生命保険大手ジョン・ハンコックが提供する「Vitality」プログラムは、この論理を正面から形にしている。ジム通い、睡眠のトラッキング、健康診断の受診、果物や野菜の購入といった行動にポイントが付与され、スマートウォッチの割引やギフトカード、小売店での特典に変わる。航空会社のマイレージのように、ブロンズからプラチナまでのティア制を採用しており、習慣が定着するほど特典は手厚くなる設計だ。
NPRの報道によると、同社CEOのブルックス・ティングルは「何百年も『死に備えましょう』と言い続けてきた業界を、『より良く生きる』ための仕組みに変えた」と語る。加入者が長く健康でいれば保険料の徴収期間が延び、運用益が膨らむ。保険会社と加入者の利害は完全に一致しているという。
ゲーミフィケーションが保険加入者の行動をどう変えるか
鍵は「不確実性の心理」にある。確実な10ドルの値引きより、「当たるかもしれない20ドル」のほうが人を動かす。ゲーム的な要素が、単純な金銭的インセンティブを超える行動変容効果を生んでいる。
タフツ大学フード・イズ・メディスン研究所のダリウシュ・モザファリアン所長は、ジョン・ハンコックの食品関連インセンティブの設計に協力した心臓専門医だ。モザファリアンによれば、「10ドルあげると言えば人は肩をすくめるだけだが、ゲームで10ドルか20ドルが当たるかもしれないと伝えれば反応はまるで違う」という。活動目標を達成すると回せるデジタルの「プライズホイール」──いわばガチャ──が、この心理を巧みに突いている。
食品分野では、果物や野菜の購入に対する割引も組み込まれた。食事に起因する疾患が増加するなか、金銭的インセンティブが健康的な食習慣の定着を促すとする研究は着実に蓄積されている。
データも説得力を増してきた。ティングルCEOが2025年に米下院歳入委員会の公聴会で報告したところによると、Vitality参加者の1日の歩数は一般米国人の2倍に達する。高血圧だった加入者の約半数が、1年以内に血圧を正常範囲まで下げたという。
健康インセンティブ型の生命保険はどこまで広がるか
この仕組みが実際に寿命を延ばすかどうかの検証は、まだ始まったばかりだ。しかし、保険会社と加入者の利害が一致する構造は、従来の保険モデルにはなかった可能性を秘めている。
老年医学の専門家からは、報酬プログラムが長寿に結びつくかを判断するのは時期尚早だという慎重な声もある。行動変容の科学は複雑で、ポイントやゲーム要素だけでは届かない層も当然存在するだろう。
一方でジョン・ハンコックは、先進的なスクリーニング検査を提供する企業とも提携し、血液検査やMRIスキャンへの割引アクセスを加入者に提供している。予防医療の入り口を保険商品に組み込み、「病気になってから払う」モデルから「病気を未然に防いで双方が得をする」モデルへの転換を図る狙いだ。保険料の計算式に「日々の歩数」と「野菜の購入履歴」が入り込む時代は、少なくとも米国ではすでに始まっている。





