MITと米企業の共同チームが開発した新プロセスは、岩石からのリチウム抽出コストをトン当たり約5,000ドルに引き下げる。従来の焙焼・硫酸法(約9,000ドル)と比べ4割以上の削減だ。
リチウム採掘が南米の塩水に依存してきた背景
リチウムは地殻に広く分布するが、経済的に採掘できる資源は限られている。最も安価な抽出源は南米に集中する塩水(ブライン)で、岩石からの抽出はコストが倍近くかかっていた。
リチウムイオン電池は圧倒的なスケールメリットを持ち、仮に優れた代替電池技術が登場しても、供給網と製造効率で短期間に追いつくのは困難だ。需給バランスが崩れれば、EV・蓄電池・スマートフォンなど幅広い産業に波及する。
岩石由来で最も豊富な鉱石はスポジュメン(リチウム・アルミニウム珪酸塩)だが、従来の抽出法では約1,000℃での焙焼が必要だった。その後硫酸でリチウムを溶出させ、硫黄を含む廃棄物が残る。このエネルギー集約型の工程が、塩水への依存を固定化させてきた。
岩石からリチウムを低温で抽出する新手法
MITの研究チームが学術誌Scienceで発表したのは、フッ化アンモニウム水溶液を使い約70℃でスポジュメンからリチウムを分離するプロセスだ。1,000℃の焙焼が不要になり、主要な薬品は工程内で再生される。
プロセスの骨格はシンプルだ。フッ化アンモニウム水溶液を約70℃に加熱するとNH₄F₂⁻イオンが生じ、アンモニアガスが放出される。このイオンがリチウムにフッ素を渡すことで、リチウムフッ化物の水溶液が得られる。ケイ素は可溶性イオンとして溶出し、アルミニウムは固体のまま残る。
注目すべきは副産物の扱いだ。アルミニウム化合物を段階的に加熱すると純度98%超の酸化アルミニウムになり、金属アルミニウム精錬の原料として売れる。ケイ素化合物はアンモニアを加えるだけで二酸化ケイ素が沈殿し、コンクリート強化材として利用可能だという。いずれの工程でもフッ化水素とアンモニアが発生するが、両者を反応させれば出発物質のフッ化アンモニウムに戻る。薬品がループする設計になっている。
塩水に匹敵するコストと供給多様化への道
新プロセスのリチウム抽出コストはトン当たり約5,000ドルと試算されており、高品質な塩水からの抽出と同水準だ。副産物の酸化アルミニウムと二酸化ケイ素を売却すれば、さらに1,000ドル以上のコスト削減も見込める。
もちろん実用化には課題が残る。原料鉱石の品質は産地によってばらつきがあり、新たな設備投資も必要になるだろう。フッ化水素という危険物質を工程内で扱う点も、安全管理上のハードルだ。研究チーム自身もこの工程を「プロセス全体で最も厄介な部分」と認めている。
それでもリチウム供給の大半を南米の塩水に頼る現在の構図は、地政学的に脆弱だ。米国地質調査所は米北東部だけでも大量のリチウム酸化物鉱床を確認しており、岩石からの低コスト抽出が実現すれば調達先の選択肢は大きく広がる。化学プロセスの再設計という地道な進歩が、バッテリー産業の供給地図を静かに書き換えつつあるのかもしれない。





