マイクロソフト、Atom Computing、EeroQの3社が2026年5〜6月に量子コンピュータの進捗を相次いで発表した。マイクロソフトは量子ビットの安定時間を約2000倍に改善し、Atom Computingはエラー訂正を最大90ラウンド持続させている。
マイクロソフトが超伝導体の素材を変え、量子ビットの安定時間を2000倍にした
超伝導ワイヤーの素材をアルミニウムから鉛に変更した結果、量子ビットの状態が安定する時間は10ミリ秒以下から20秒超へと約2000倍に伸びた。トポロジカル量子ビットの理論的優位性を実験で裏づける重要な成果だ。
マイクロソフトが開発するのは「トポロジカル量子ビット」と呼ばれる方式だ。半導体の上に極細の超伝導ワイヤーを載せ、ワイヤーの両端に量子情報を分散させることで、外部ノイズへの耐性を高める。情報が物理的に離れた2点に存在するため、理論上は他の方式より安定性が高いとされてきた。
だが実験での検証はなかなか進まなかった。初期のトポロジカル量子ビット研究には撤回例もあり、懐疑的な見方が根強い。Ars Technicaの報道によると、マイクロソフトは今回、超伝導体をアルミニウムから鉛に切り替え、半導体にスズを加えることでスピン軌道結合の改善につなげている。その結果、量子情報を保持する「パリティ状態」の安定時間が劇的に伸びた。トポロジカル方式が約束してきた安定性が、ようやく実験で確認されつつある。
ただし個々の量子ビットを操作して計算を実行する段階にはまだ達していない。エラー訂正のための量子ビット間接続も未確立だが、査読でこのデータが裏づけられれば、マイクロソフトの方式選択が正しかったことを示す有力な証拠となる。
Atom Computingは「予備の冷たい原子」で量子エラー訂正のジレンマを解いた
エラー訂正のための操作が原子を加熱し、加熱された原子がさらなるエラーを招くという矛盾を、あらかじめ冷却した予備原子と入れ替える手法で克服した。論理量子ビットの安定性は最大90ラウンドにわたって維持されている。
中性原子方式の量子コンピュータを開発する米Atom Computingは、マイクロソフトのパートナーでもある。同社のハードウェアはAzure Quantum Cloudを通じて利用可能だ。レーザー光の格子に原子を浮かべ、原子核のスピンで計算を行う方式で、「光ピンセット」と呼ばれるレーザー配列が原子を記憶領域・演算領域・予備領域の間で移動させる。
この方式が直面していたのは、一種の板挟みだった。演算のたびに原子が加熱され、冷却しなければレーザーの罠から飛び出してエラーになる。だがエラーを訂正するにも操作が必要で、その操作がまた原子を加熱するという悪循環に陥っていた。
Atom Computingが見出した解は明快で、エラー訂正の測定時にあらかじめ冷却しておいた予備原子を差し替える。予備原子なしでは測定を重ねるたびにエラー率が上昇していたが、入れ替えを行うとエラー率はほぼ一定に保たれた。最大90ラウンドにわたって論理量子ビットの安定性が維持されている。高度な計算にはまだ不十分だが、エラー訂正技術の実用化に向けた明確な一歩といえる。
EeroQは液体ヘリウムに浮かべた電子で量子コンピュータの新方式を追う
液体ヘリウムの表面に浮かべた電子の運動状態を量子ビットとして利用する方式を開発中だ。新型チップに搭載した共振器が電子の動きと結合することを実証した。
固体チップ上の量子ドットで電子を操作する企業が多いなか、米スタートアップのEeroQはまったく異なる道を選んでいる。同社のチップには液体ヘリウムを溜める微小なプールが並び、その表面に電子を1個ずつ配置する。ヘリウムは余分な電子を受け入れない性質を持つため、電子は液面に浮いたまま安定を保つ。
この物理現象自体は以前から確立されていたが、電子と有用に相互作用する手段が見つかっていなかった。EeroQが新たに発表したチップは、ヘリウムプールの隣に小型の共振器を配置している。電気場で電子の動きを制御すると、共振器がその運動と結合し、量子ビットの構成要素となりうる離散的な状態を示した。
実用的な計算ハードウェアにはまだ遠いが、EeroQの成果は、量子ビットの実現に固体素子だけが唯一の選択肢ではないことを改めて裏づけている。
「派手な発見」がなくても量子コンピュータの最新進捗は確実に前に進んでいる
3社のいずれも「画期的な発見」を報告したわけではない。だが量子コンピュータの実用化は、こうした地道な改善の積み重ねでしか近づかない。
量子コンピュータ分野には数十社がひしめいている。注目を集めるのは「量子超越性」のような大きな節目だが、実用化を下支えするのは、その間を埋める無数の改善だ。
鉛の超伝導ワイヤーで安定時間を2000倍に伸ばし、冷たい予備原子を入れ替えてエラーを抑え、ヘリウムの液面に電子を浮かべて新方式を拓く。3つのアプローチはまったく異なるが、「あと少し安定すれば」という同じ壁と格闘している点は共通する。量子コンピュータの実用化は、この3つの素材実験が一歩ずつ壁を削り取った先に、ようやく見えてくるのかもしれない。





