2026/06/20
SPARKL

マダニ媒介の感染症が過去10年で最悪級。米国で鹿の激増が引き金、推奨密度の3〜4倍に

マダニ媒介の感染症が過去10年で最悪級。米国で鹿の激増が引き金、推奨密度の3〜4倍に

マサチューセッツ州の島マーサズ・ヴィニヤードでは、1平方キロあたり約19頭の鹿がすむ。州が推奨する密度の3〜4倍にあたり、この過密がマダニの大量発生を支えている。

なぜマダニの感染症は鹿の増加とともに広がるのか

マダニは哺乳類や鳥の血を吸うが、繁殖相手を探す場所として鹿の体を好む。鹿が増えれば、その背中で交尾したマダニが各地へ運ばれて卵を産み、感染症を媒介する個体も一緒に増えていく。

100年ほど前、米北東部のオジロジカはほぼ絶滅状態にあった。森に戻ってきたときには、保護活動の成功として歓迎されたという。だが今は事情が違う。「あの『復活物語』を、私たちは大きく行きすぎてしまった」と、マダニ媒介感染症を専門とする疫学者リア・ハムナーは話す。彼女が関わる地元政府のマダニ対策プログラムによれば、島の鹿の密度は野生生物当局が推奨する水準を大きく超えている。

鹿が問題なのは、森を食い荒らし、車との衝突を増やすからだけではない。マダニにとって鹿は、格好の出会いの場になる。「私たちはあれを、マダニの『動く満員バス』とか『独身者バー』と呼んでいます」とハムナーは言う。鹿の上で相手を見つけたマダニは地面に落ち、鹿が歩いた先々で卵を産む。つまり鹿が多いほど、マダニも多くなる。

一匹に噛まれただけで赤身肉が食べられなくなる

マダニの一種「ローンスターティック」の唾液に含まれる糖が、赤身肉への命に関わるアレルギーを引き起こすためだ。一度発症すると牛肉や豚肉を受けつけなくなり、人によっては乳製品やゼラチンにまで反応するようになる。

この虫は2011年、渡り鳥の背に乗って米南東部から北上してきたとみられる。刺されると従来のシカダニよりかゆく、不快感も強いという。さらにやっかいなのが、幼虫が固まって一斉に取りつく「ティック・ボム」だ。「赤ちゃんマダニはくっつき合っていて、いっぺんに体に乗ってくる。とても小さいのに、何百匹もたかられるのは恐ろしい」とハムナーは語る。

そして「アルファガル症候群」がある。哺乳類由来の肉が共通の引き金になり、薬のゼラチンカプセルや一部の石けん・シャンプーに反応する人もいる。マーサズ・ヴィニヤードでは、地元のシェフがインターネットを頼りに、アルファガル対応のメニューを組み立て始めた。たった一匹のマダニが、島の食卓そのものを書き換えつつあるのかもしれない。

鹿を管理すれば、マダニの波は引くのか

保健当局や研究者は、鹿の個体数を抑えることで、マダニとそれが運ぶ病気の増加を反転できると期待している。5月と6月はマダニの活動の最盛期で、CDC(米疾病対策センター)のライム病専門家アリソン・ヒンクリーは今季を「過去10年で最悪級」になりかねないとNPR(米公共ラジオ)の取材に語っている。ライム病の症例のほとんどは、北東部・大西洋岸中部・五大湖北部に集中しているという。

危機感は住民の行動も変え始めた。2020年にマーサズ・ヴィニヤードへ移り住んだヴァージニア・バルバッティは、当初、夕暮れに庭を歩く鹿を「自然とのつながり」として眺めていた。だが一頭が数千匹のマダニを運びうると知って見方が変わり、2025年12月に「ティック・フリー・マーサズ・ヴィニヤード」という非営利団体を立ち上げた。

マダニの脅威は、決して海の向こうだけの話ではない。日本でもマダニが媒介する重症熱性血小板減少症候群(SFTS)の報告が西日本を中心に増え、近年は感染地域が広がっている。鹿やイノシシといった野生動物の増加が背景にあると指摘される点も、米国の島と重なる。庭を横切る鹿を愛でていた住民が、今度は食卓を守るために鹿と向き合おうとしている。「動く満員バス」の数をどう抑えるかが、次の夏のマダニの数を静かに左右していくのかもしれない。