「失業は他人事」という心理的バリア
Fast Companyに掲載されたコラムが、米国のビジネスパーソンの間で静かに共感を広げている。筆者はマーケティング業界で長年幹部を務めてきた人物で、解雇後も失業保険を数ヶ月間申請しなかったという。
理由は金銭的な問題ではなかった。退職金も貯蓄もあり、すぐに次の仕事が見つかると考えていた。それでも申請しなかったのは、失業保険に対する根深い偏見があったからだ。「蛍光灯がちらつく部屋で、プラスチックの椅子に座り、番号を呼ばれるのを待つ」——それが彼の頭の中にある失業保険のイメージだった。自分は「助けを待つ側」ではなく「ランチをおごってキャリアアドバイスをする側」だという自負が、申請を遠ざけていた。
「3万ドル分の保険料を、なぜ捨てるのか」
転機は、現職のマーケティング幹部である友人との昼食だった。失業保険を申請していないと告げると、友人は驚きを隠さなかった。
「君のキャリアで約3万ドル(約450万円)分は失業保険制度に積み立てられているはずだ。なぜ人に恩恵を求めるような顔をする?」
米国の失業保険制度では、雇用主が従業員の給与に連動して保険料を拠出する。10代のアルバイトから、昇進のたび、年末評価のたび、そして「あなたは組織に不可欠だ」と言われた直後の解雇まで——雇用主はそのすべての期間、保険料を払い続けてきた。自動車保険に何年保険料を払っていても、事故の修理代を請求するときに後ろめたさを感じる人はまずいない。失業保険も本質的には同じ仕組みだ。
この心理は日本の読者にとっても他人事ではないだろう。雇用保険は給与から天引きされ、企業も負担している。にもかかわらず、退職後に受給をためらう人は少なくない。「制度を使うこと=負け」という感覚は、国境を越えて存在する。
申請は1時間、金額は予想を超えた
実際に申請してみると、プロセスは「攻撃的なほど普通だった」と筆者は振り返る。パンデミック以降、米国ではすべての州がオンライン申請に対応しており、手続きは1時間足らずで完了した。蛍光灯の下で待たされることも、なぜ元幹部が失業したのかを問い詰められることもなかった。
元の給与には遠く及ばなかったが、振り込まれた金額は「象徴的な数百ドル」という予想を大きく上回ったという。パニック的な判断を避けられるだけの余裕が生まれ、次のステップを冷静に考える時間ができた。
「数十年働いた後で、働く人のために設計された制度を使うことに恥を感じる必要はなかったのかもしれない」と筆者は書いている。頭を整理して、今度は自分が誰かにランチをおごる番だ、と。





