「鳥を観る」という言葉の死角
「バードウォッチング」は文字どおり「鳥を見る」趣味だ。だが実際のフィールドでは、茂みの奥や木の冠の上にいる鳥は、姿より先に声で存在を知らせることが多い。NPRの報道が取材したのは、視覚障害を持ちながら野鳥観察を続ける人々だった。彼らの実践は、バードウォッチングの本質が「見ること」だけに留まらないことを静かに示している。
大学の実験室から始まった50年
ジェリー・ベリアーは生まれつき全盲だ。1970年代に大学で生物学を専攻したとき、教授は実験室での実習の代わりに鳥の鳴き声のレコードを貸し出した。「森の中で種を識別できるかどうかで成績をつける」という課題だったという。
学期末にはすっかりバードウォッチングに引き込まれていた。以来50年以上、フィールドに立ち続けている。妻のリーが傍らで、彼が聴き取った種のリストを記録する。春に初めてボルティモア・オリオールの声を聞くと、「ああ、心が浮き立つ」とベリアーは笑う。
視力を失い、代わりに音を得た女性
マーサ・スティールは約40年前、30代後半でバードウォッチングを始めた。当時は鳥の姿を目で追うことができたが、医学的な疾患によって聴力に障害があり、鳥の声は聞こえなかった。やがて同じ疾患が視力も奪い始める。
「中心視野を大きく失い始めたとき、正直に言って怖かった」とスティールは振り返る。彼女は人工内耳の手術を受けた。退院して夫と歩いていると、聞き慣れない音が耳に飛び込んできた。「あの音は何?」と尋ねると、夫は「イエスズメだよ」と答えたという。
その瞬間、視力なしでもバードウォッチングを続ける道が開けた。現在はガイド犬のクイナとともにフィールドを歩き、キツツキの声を瞬時に聴き分ける。「鳥は私を今この瞬間に留めてくれる。自分よりはるかに大きなもの──地球や宇宙──に意識を向けさせてくれる」とスティールは話す。
「知らない世界がある」という感覚
毎春、30億から40億羽の鳥がメキシコと南米から北上する。この大移動の季節は、ベリアーにとって特別だという。
「自分や他の人間がほとんど知らない、巨大な世界がそこにある。完全に体験することは決してできないだろう。でも、だからこそ畏怖を感じる。その感覚が好きだ」とベリアーは語る。
視覚障害があっても、鳥の世界への入口は閉ざされない。ベリアーにとって大切なのは「人生をあるがままに受け入れ、エネルギーを何に注ぐかを自分で選ぶこと」だという。50年前に大学のレコードから始まった鳥との旅を、ボルティモア・オリオールの春の一声が、今も毎年新しく始めさせてくれるのかもしれない。

