Apple TVのミニシリーズ『ケープ・フィアー』は全10話構成で、6月5日に最初の2話が配信開始された。マーティン・スコセッシとスティーヴン・スピルバーグが製作総指揮を務め、ハビエル・バルデム、エイミー・アダムス、パトリック・ウィルソンが主演する。
バルデムが継ぐ「映画史上最も不気味な悪役」の系譜
マックス・ケイディは、出所した元受刑者が自分の弁護士を執拗に追い詰めるという、1957年のジョン・D・マクドナルドの小説から生まれたキャラクターだ。1962年と1991年の2度の映画化を経て、サスペンス作品における悪役の原型を作り上げた。
1962年版でケイディを演じたロバート・ミッチャムは「言葉巧みなソシオパス」を体現し、その後数十年にわたるサスペンスの悪役像に影響を与え続けている。NPR(米公共ラジオ)のレビューは、ミッチャムの演技が「映画やテレビにおける捕食者キャラクターのテンプレートを作った」と評する。
1991年版ではスコセッシが監督を務め、ロバート・デ・ニーロがケイディ役を引き継いだ。この版の画期は、弁護士サム・ボーデンを「高潔な主人公」から「道徳的に灰色な存在」へと描き替えたことにある。善悪の境界が曖昧になり、観客はケイディを単純に憎めなくなった。
そして3代目のケイディに起用されたのが、『ノーカントリー』でアカデミー助演男優賞を受賞したハビエル・バルデムだ。「世界レベルの悪役」をすでに体現した俳優が、新たなケイディ像をどう構築するか。NPRは「釘づけになる演技」と高く評価している。
「妻が元弁護人」という構造の逆転
今回の最大の変更点は、弁護士ボーデンの妻アンナをケイディの元弁護人に、ボーデン自身を元検察官に設定し直したことだ。これにより、妻は「守られるだけの家族」ではなく、物語の中心に立つ。
過去2作では、妻と家族はケイディが弁護士ボーデンへの復讐のために狙う「手段」に過ぎなかった。構造を転換したことで、ケイディと妻の間に直接の因縁が生まれる。エイミー・アダムスとパトリック・ウィルソンが演じるボーデン夫妻は「無実と罪悪感の層が交互に入れ替わる」複雑な造形を見せるという。
企画・制作を手がけたニック・アントスカは、ほかにも大胆な仕掛けを重ねている。ケイディの服役時代やボーデンの少年時代を描くフラッシュバックが挿入され、過去の映画版でケイディが一手に担っていたつきまとい行為を受け継ぐ新たな脇役たちも登場する。1991年版でスコセッシが1962年版のペックやミッチャムに別の役でカメオ出演させた遊び心も、今回のドラマは同じ手法で継承しているようだ。
全10話が描き出す「善悪の灰色」
舞台を現代に移したことで、スマートフォン、ポッドキャスター、ライドシェア、ネット上のなりすましや晒し行為といった要素が物語に自然と組み込まれた。2時間の映画では描ききれなかった人物の多面性を、10話という尺で丹念に引き出している。
スコセッシが1991年版で始めた「善悪の灰色化」は、今回さらに徹底されたようだ。NPRの評者は提供された8話を視聴し、「サスペンスの一部は、本当に不気味なのが誰なのかを見極めることにある」と評した。悪意はひとりの出所者だけに宿るものではない、というのがこのドラマの根底にある問いかけだろう。
ミッチャムが作り、デ・ニーロが深め、バルデムが引き継ぐ「恐怖の岬」の悪役は、69年を経てなお進化の途上にある。スコセッシとスピルバーグがともに製作総指揮に立ったのは、この古典スリラーに問うべきことがまだ残っていると踏んだからかもしれない。





