2026/06/25
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コンゴの金採掘の町がエボラ出血熱の発生源か。50人超が死亡し、ウガンダへ拡大した

コンゴの金採掘の町がエボラ出血熱の発生源か。50人超が死亡し、ウガンダへ拡大した

コンゴ民主共和国東部の金採掘の町モンブワル(人口約13万人)でエボラ出血熱が発生し、5月15日の公式宣言までに一地区だけで50人超が死亡した。原因は、標準的な検査が見落とした希少な「ブンディブギョ株」だった。

「呪いの棺」と呼ばれた最初の異変

最初に町を襲った死は、ウイルスではなく呪いのせいだと信じられていた。2月にシュニ地区で一つの棺が燃やされた直後から住民が病に倒れ、人々はそれを「棺の炎」が地区に広がったのだと噂した。

シュニ地区のまとめ役、ジョセフ・ムテは、政府がエボラ出血熱を宣言するずっと前から、奇妙な死の連鎖を目にしていた。共通していたのは、鼻や口からの出血だったという。「鼻に血、口に血があった」と彼は米公共ラジオNPRが現地モンブワルから伝えた報告で振り返る。

当初、死因ははっきりしなかった。住民の多くは貧しい金の採掘者で、もともと病気は珍しくない。結核やエイズ、あるいは金の精錬に使う水銀の中毒ではないかという声も出た。やがて超自然的な説明が広く信じられるようになる。きっかけは、隣のブニアから運ばれてきた棺だった。道中で傷んだため新しい棺に替え、古いものをシュニ地区で燃やした。それが伝統的なタブーを破る行為とされ、「呪いの棺」の噂が生まれた。

なぜ検査はエボラの正体を見抜けなかったのか

国の検査が当初「陰性」と出たのは、研究者がよく知られたザイール株とスーダン株だけを調べていたためだ。実際に町で広がっていたのは、はるかにまれな「ブンディブギョ株」だった。

エボラ出血熱には複数の「種」があり、致死率や検出のしやすさが異なる。過去の大流行で恐れられてきたのは主にザイール株で、検査の体制もそれを軸に組まれてきた。今回のように珍しい株が相手だと、標準的な遺伝子検査の網からこぼれ落ちることがある。

最初に疑われた患者は、4月24日に発熱と嘔吐を起こした看護師だったと、保健省は説明する。発熱も嘔吐もエボラの典型症状であり、重症化すれば出血も起こる。5月初め、モンブワルでは4人の医療従事者がわずか4日のうちに相次いで亡くなり、警戒が一気に高まった。それでも国立生物医学研究所の検査は陰性を返し続けた。

転機はゲノム解析だった。まれなブンディブギョ株の流行が確認され、政府がようやく流行を宣言したのは5月15日のことだった。ムテによれば、その時点でシュニ地区だけで50人以上が命を落としていた。「胸が痛む」。彼はそう言って、住人が死ぬか逃げ出すかして空き家になった家々を指さした。

なぜ金鉱山の町が感染を広げたのか

貧しい金採掘の町では病気が日常の一部で、新たな死もすぐには異常と気づかれにくい。人やモノの行き来が活発なうえ、頻繁な埋葬そのものがウイルスを運び、感染は州都ブニアを越えて広がった。

人口約13万人のモンブワルは、イトゥリ州にある金鉱山の町だ。世界保健機関(WHO)は今回の流行がこの町から始まったとみているが、確定はしていない。ここから感染は州都ブニア(人口100万人超)へ、さらに北キブ州や南キブ州、そして長い国境を接する隣国ウガンダへと飛び火した。

被害は、数字の裏にある一つひとつの暮らしを壊している。モンブワルのセルジュ・ウゲナは、妻と5人の親族をエボラで失った。それでも現地には、ウイルスの存在そのものを疑う住民が残り、物資も足りていない。見えない敵と闘うには、まず「敵がいる」と信じてもらわなければならない。

信頼を取り戻すための闘い

封じ込めの鍵は、物資の補充だけでなく、住民の信頼を取り戻すことにある。ウイルスを疑う声が残るなかでも、ブニアの治療センターや安全な埋葬といった対応は、少しずつ地域に根づき始めている。

コンゴはこれまでにも何度もエボラの流行を経験し、その都度封じ込めてきた歴史を持つ。今回の難しさは、病原体の希少さに加え、「呪いの棺」のような物語が科学より早く広まってしまう環境にある。だからこそ、正しい情報と治療がどれだけ早く町に届くかが、流行の行方を分ける。

燃やされた棺の噂が薄れ、空き家の並ぶ通りに検査と治療の手が確かに届くとき、金の町はようやく、自らを襲ったウイルスの名を正しく呼べるようになるのかもしれない。