2026/06/09
SPARKL

マテルがスター・ウォーズを断った1976年の失策が映画『マスターズオブザユニバース』を生んだ

マテルがスター・ウォーズを断った1976年の失策が映画『マスターズオブザユニバース』を生んだ

1976年にスター・ウォーズの玩具ライセンスを逃したマテルは、5〜10歳男児への市場調査をもとにヒーマンを開発。1983年にテレビアニメ化され、2026年には実写映画『マスターズオブザユニバース』として公開される

5〜10歳が欲しがった「全部盛り」を信じたマテル

マテルの玩具デザイナー、ロジャー・スウィートは「未来の軍事技術」「現代の軍隊」「野蛮人ファンタジー」という5〜10歳男児が求めた3要素を、論理的整合性を無視して1つのキャラクターに全部詰め込んだ。

ヒーマンとは、コナン・ザ・バーバリアンに酷似した筋肉質の蛮族戦士だ。だが彼の仲間マン・アット・アームズはG.I.ジョーのような軍人で、母親は地球から来た宇宙飛行士、戦闘にはレーザー銃が飛び交う。日本の読者なら「ガンダム」を思い浮かべるとわかりやすい。ロボットと戦争と少年の成長という異質な要素を融合させ、玩具販売を起点にアニメを展開する構造は、日米で並行して発展していた。

世界観は支離滅裂に見える。だが5歳の子どもは論理的整合性など求めていない。蛮族も兵士もレーザー銃も全部欲しい。ただそれだけだった。マテルの判断は、経営陣の論理ではなく顧客の欲望に従った点で、マーケティングの原則に忠実だったと言える。

毎日30分の「玩具CM」が忠誠心を育てた理由

レーガン政権の放送規制緩和でマテルは毎日30分の玩具CMをアニメとして放送できるようになった。だが規制側が残した「90秒の教育要素」義務が、想定外のブランド忠誠を生む装置になった。

1983年から週5日放送が始まったアニメ『ヒーマン&マスターズオブザユニバース』は、実質的に30分間の玩具コマーシャルだった。ただしFCC(米連邦通信委員会)の緩い指針に従い、毎話の終わりにヒーマンがカメラに向かって道徳的な教訓を語っている。「知識こそ最大の武器だ」「失敗を認める勇気を持て」「自分を育ててくれた人が親だ」。

規制対応のために生まれた90秒が、ヒーマンを「正義の味方」として子どもたちの記憶に刻んだ。顧客は自分が「善い側」にいると感じたい。米ビジネスメディアFast Companyが指摘するように、テスラも環境保護という大義でブランド忠誠を築いたが、その物語が揺らぐと忠誠心も崩れた。マテルの教訓コーナーは偶然の産物だったが、大義とブランドを結びつける力を40年前に実証していたことになる。

起源を語らないブランドが2026年の映画になる

マテルはヒーマンに公式の起源譚(オリジン・ストーリー)を与えなかった。新しい玩具の販売につながらないからだが、この空白が子どもたちに「自分だけのヒーマン」を創る余地を残し、半世紀のブランド資産の基盤になった。

スーパーマンやバットマンには明確な起源がある。だがヒーマンに変身するプリンス・アダムがなぜその力を得たのかは、原作アニメでも語られていない。物語の枠組みを共有しつつ細部は自由に想像できるオープンエンドの構造が、創造性を刺激するとともに「自分が共同で作ったキャラクター」という所有感を生んだ。アップルが1990年代末にiMac G3の13色展開でパーソナライゼーション戦略を打ち出したのと、構造は同じだ。

2026年の実写映画『マスターズオブザユニバース』は、この半世紀分のブランド資産を試す舞台になる。顧客の声に従い、偶然の教訓を武器に変え、物語の余白を残し続けたマテルの50年は、ブランド構築の手本として今なお有効かもしれない。