創設10年目に刻まれた「初」
国際ブッカー賞は、英語に翻訳された最も優れたフィクション作品に毎年贈られる賞だ。2026年で創設10周年を迎えた同賞の今年の受賞作は、台湾の作家ヤン・シュアンズー(楊双子)による『台湾旅行記(Taiwan Travelogue)』だった。NPRの報道によると、中国語から翻訳された作品の受賞は同賞史上初となる。
翻訳を手がけたリン・キングとともに、台湾人および台湾系アメリカ人として初の受賞者にもなった。賞金5万ポンド(約6万7,000ドル)は著者と翻訳者で折半される。出版社から応募された128作品の中から最終候補6作品に絞られ、その頂点に立った作品だ。なお同作は、2024年の全米図書賞(翻訳文学部門)もすでに獲得している。
美食と恋で描く植民地の記憶
『台湾旅行記』は、1930年代の日本統治下の台湾を舞台にした作品だ。架空の「再発見された旅行記」という体裁をとり、2人の主人公が台湾各地を巡る美食旅行に出かける。その筋立ての中に、植民地支配の複雑な歴史が織り込まれている。
審査委員長のナターシャ・ブラウンは同作を「魅惑的で、巧みに洗練された作品」と評価した。「ロマンスと鋭いポストコロニアル小説という、信じられないような二重の離れ業を成し遂げている」という。
著者のヤンはブッカー賞財団のインタビューで執筆の動機をこう語った。「韓国も台湾もかつて日本帝国の植民地でしたが、韓国の人々がその歴史に一様な憤りを感じているのに対し、台湾では嫌悪と郷愁が複雑に入り混じっています。過去に台湾の人々が直面した状況を解きほぐし、どんな未来を目指すべきかを探りたかった」。韓国と台湾という、同じ宗主国を持ちながら植民地経験への感情がまったく異なる2つの社会を比較する視点は、日本の読者にとっても示唆に富む。
「悲惨なだけの歴史小説は好きじゃない」
翻訳者のリン・キングは、「個人的に、ただ悲惨なだけの歴史小説は好きではない」と率直に語る。『台湾旅行記』には、困難な時代にも存在した「ユーモア、おいしい食事、映画、学校、些細な喧嘩、そして恋愛」が息づいているという。
クィアな歴史ロマンスとしての側面も持つ同作は、これまでほとんど光が当たらなかった過去を照らす窓でもある。キングは、登場人物たちのアイデンティティや経験が「苦しみによって踏みにじられることはない」と表現した。歴史の重みに押しつぶされるのではなく、その中で生きた人々の日常の豊かさを掬い上げる——そうした語りの姿勢が、128作品の中から審査員たちの心を動かしたのだろう。
植民地の食卓から立ちのぼるユーモアと恋の物語が、中国語文学として初めて国際ブッカー賞を手にした。キングの言う「苦しみに踏みにじられない人物たち」の声は、翻訳を通じてさらに遠くまで届くだろう。

