A24の伝記映画『トニー』は、ボーデインの生涯全体ではなく1975年夏のわずか数ヶ月、マサチューセッツ州プロビンスタウンの厨房に絞って描く。脚本を手がけたのはトッド・バーテルズとルー・ハウの2人だ。
なぜ「生涯」ではなく、ひと夏だけを描くのか
脚本家の2人が「ゆりかごから墓場まで」式の伝記を意図的に嫌ったからだ。人生の全部を追うのではなく、長い旅を凝縮する「一つの窓」を選ぶ。それが彼らの流儀だと、バーテルズは米食メディアEaterのインタビューで語っている。
その「窓」が、1975年の夏だ。若きトニーが、プロビンスタウンの厨房で初めて料理人としての腕を磨きはじめた数ヶ月にあたる。派手な世界旅行も、ベストセラーも、テレビの人気ホストとしての顔も、まだない。あるのは「自分が何になりたいかは分かっているのに、どうやってそこへ行けばいいのか分からない」という、誰にでも覚えのある焦りだけだった。
バーテルズによれば、彼らが向き合った問いはシンプルだった。ボーデイン自身は若き日の自分を「本気で尻を蹴り上げてやる必要のある人間」と書き、世界を自分の灰皿のように扱う「ナルシストで手に負えない奴」だったと認めている。その「クソガキ」が、どうやって多くの人にとっての「導師」になったのか。映画はその手前だけを見つめる。
遺族をどう口説いたか
「これはラブレターです」という一言が突破口になった。ボーデインの伝記映画を実現する最大の関門は、遺族の信頼を得ることだったからだ。
権利を管理するのは、ボーデインの文芸エージェントとして彼のキャリアを築いたキンバリー・ウィザースプーンと、元妻のオッタヴィア・ブジア・ボーデインの2人。制作陣が持ち込んだ企画は「プロビンスタウンのひと夏の青春物語で、最後はクラムベイク(浜辺の海鮮蒸し焼き)で終わる」というものだった。
これが効いた。ハウによれば、それまで遺族のもとに届く企画は、ボーデインの晩年や、その死を読み解こうとするものばかりだったという。制作陣はそれを意識的に拒んだ。遺族は「これまで来たものとは違う」と関心を示しつつ、こう突き放した。「なら、証明してみせて」。脚本とA24、そして監督兼共同脚本のマット・ジョンソンと主演のドミニク・セッサが揃ってから、彼らはもう一度戻ってきた。ウィザースプーンは製作総指揮として、制作の全工程に深く関わることになる。
若きボーデインは誰が演じるのか
主演は最初からドミニク・セッサ一択だった。ハウは「ずっとドムだった」と即答している。共演にはアントニオ・バンデラスも名を連ねる。
ファンにとっての楽しみは、原作エッセイ『キッチン・コンフィデンシャル』の小ネタだ。花嫁のエピソードや、熱いフライパンを素手でつかんで火傷用の軟膏をねだった逸話など、本を読み込んだ人ならニヤリとする仕掛けが随所に埋め込まれている。ボーデインの長年のアシスタントだったローリー・ウーレヴァーが記した評伝も、脚本の土台になったという。
脚本家たちは「もし年老いたボーデインを演じるなら誰か」という問いに、まだ誰にも聞かれたことがない、と嬉しそうに答えた。バーテルズが挙げたのはボビー・カナヴァレ、そしてもう一人、エリック・ボゴシアン。声まではまる、と2人は盛り上がった。続編を示唆したわけではない。だが作り手自身が、この一人の男の人生をまだ何通りにも想像し続けていることが伝わってくる。
欠点を消さないことが、観客を近づける
若き日の傲慢さや未熟さを消さないからこそ、観客はボーデインを人間として近くに感じられる。Eaterの評者ベティーナ・マカリンタルも、この映画は「ボーデインを好きになれない人物として描く。そして、だからこそ機能する」と書いている。
聖人化された偉人伝ではなく、「なりたい自分」と「今の自分」のあいだで苛立つ若者の物語。それは、彼を知らない観客にも届く普遍性を持つ。脚本家2人が最初は一人のファンとして企画を立ち上げたからこそ、映画は同じ熱を持つファンにも、名前しか知らない人にも開かれている。
『トニー』が照らすのは、旅の達人になる前の、まだ厨房の熱気にむせている一人の若者だ。その未完成の夏に、後の彼のすべての萌芽を見つけられるかもしれない。





