2026/06/09
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PEPFAR廃止がアフリカを直撃。2,600万人を救った米エイズ支援が南アフリカで命を奪い始めた

PEPFAR廃止がアフリカを直撃。2,600万人を救った米エイズ支援が南アフリカで命を奪い始めた

2003年にジョージ・W・ブッシュ大統領が創設したPEPFAR(大統領エイズ救済緊急計画)は、米国務省の推計で発足以来2,600万人の命を救ったとされる。トランプ政権が2025年から外国援助の大幅な見直しを進めた結果、南アフリカとモザンビークの医療現場では、すでに患者が危険にさらされているという報告が出ている。

PEPFARが救った2,600万人

2003年に創設されたPEPFARは、HIV/エイズが猛威を振るうサハラ以南アフリカの状況を根本から変えた計画だ。米国務省の推計によると、発足以来の救命数は2,600万人以上に上り、「史上最も効果的な公衆衛生プログラム」と評される。超党派の支持を受け、共和・民主両政権を通じて維持されてきた。

2003年当時、南アフリカは世界で最も深刻なHIVの流行地だった。活動家でジャーナリストのラッキー・マジブコは当時を「死の臭いが漂っていた」と表現する。感染が原因の死であっても、葬儀の場で「人々は小声でしか話せなかった」という。スティグマが社会を覆っていた時代だ。

そのマジブコが1999年、南アフリカ最大部数の新聞紙上で自らのHIV陽性を公表したのは「他に選択肢がなかった」からだという。「トンネルの先に光があるとしても、それは向こうからやってくる列車のライトのようだった」。PEPFARの登場が、その閉塞感を一変させた。

PEPFAR廃止でアフリカの現場が崩れ始めた

トランプ政権の援助削減は、2025年初頭から現場に直接の影響を与え始めた。ヨハネスブルク・ヒルブロウにあるWITS RHI女性健康クリニック前には、「米国の政策変更と資金削減により、CATALYST研究プログラムは2025年1月をもって終了した」との張り紙がある。セックスワーカーを対象にした別の米資金のクリニックも閉鎖され、個別ケアを受けていた患者が取り残されている。

NPR(米国公共ラジオ)の現地報告によると、取材チームが南アフリカとモザンビークで約2週間にわたって調査した結果、方針転換が長年有効だったプログラムを不安定にさせたことが浮き彫りになった。公衆衛生の専門家たちは「この不確実性が感染者数の増加や命の喪失につながりかねない」と懸念を示している。

南アフリカは現在も世界でHIV感染者数が最多の国だ。隣のモザンビークは世界第2位のエイズ流行を抱える。この2カ国にとってPEPFARは、医療インフラそのものだった。

給与が出なくても患者のそばにいる

資金が消えても、残ったのは人だった。NPRの取材を通じて繰り返し浮かび上がってきたのは、制度の隙間を埋めようとする医療従事者の姿だ。

あるクリニックでは、スタッフが満額の給与を受け取れない状況でも、地域コミュニティとの信頼を守るために施設を開け続けた。DVや不健全な関係を題材にしたTVドラマが、健全な人間関係のあり方を視聴者に伝える教育コンテンツとして機能している地域もある。制度の外でも、人々は別の方法を作り出していた。

マジブコは今も南アフリカで活動を続ける。彼がレストランを経営しながら語った言葉がある。「私たちはここまで来た。引き返すわけにはいかない」。その覚悟は、現場の医療従事者たちに共通するものだ。

PEPFAR廃止後、アフリカに残るもの

PEPFARが部分的に消えても、HIV感染を抑止しようとする意志は消えない。課題は、資金の代替を誰が担うかだ。各国政府・民間財団・国際機関がどこまでギャップを埋められるかは、まだ見えていない。

ただ、PEPFARが20年以上かけて築いた基盤──検査体制、抗レトロウイルス薬の流通網、コミュニティワーカーの訓練──は、資金が止まっても即座には消えない。NPRの現地報告には、その基盤の上に立ちながら今もそれを守ろうとする人々の姿が記録されている。

トンネルの向こうに見えた光が列車でも、立ち止まらなかった。マジブコが1999年に選んだ覚悟が、PEPFAR廃止後のアフリカでも次の世代に受け継がれつつあるようだ。